あーオレだけど。
電話口から聞こえてきた久しぶりの声に不意打ちを食らって、思わず受話器を落としそうになった。
何ヶ月、いや、一年ぶりかもしれないエドの声。
さらにはその声が明後日こっちに来るなんて言うもんだから、私は思わず受話器を落としてしまった。
ゴンと鈍い音がして、エドが叫ぶのがBGMみたいに部屋に鳴り響く。
慌てて受話器を取り、二言三言当たり障りのない言葉を交わしてばいばい。
暫くぼーっとしてから、会えることが嬉しくなって、そして、会えることが怖くなった。

人体錬成に成功した錬金術師が居る。その噂を聞きつけてこの町にやって来た金色の少年と恋仲になったのは二年ほど前。
告白まがいのことをした時のことは今でも嫌になるくらい鮮明に覚えている。
お母さんのことも、弟のことも、右手と左足のことも、人体錬成についても、教えてくれた。けれどあの頃の幼い自分はただ涙を流すことしか出来なくて。
今なら、もう少しエドを困らせない女になれたんじゃないかと思うの。たった二年の間に私成長したのよ。
ああそう言えば、エドの身長は伸びたのかなあ。
だって今はエドに会えない長い長い時間さえも日常化出来ちゃうし。会えないからって泣くこともなくなったもの。

「ねえ、なまえ。泣いたって……いいのよ?」

近所のお姉さんが言った。
かっこつけてもそれは無駄だったようで、泣きたい気持ちは周りにまで伝わってしまっていたらしい。

「だってなまえ、エドワードくんと離れてから、泣いてもいなければ笑ってもないじゃないの」

気付いてた?と意地が悪そうに首を傾げたお姉さん。
どきりと音を立てる私の心臓。触れないでふれないで。偽った部分から崩れていく気がするの、だから。

本当は会えなくても泣かなくなった訳じゃない。
泣きたい時だってある。けれど、泣くことが憚られるの。 
心底面白いと思うことだってある。笑いたい、けど笑うのも憚られる。
遠くで危険な目に遭いながらも身体を取り戻す旅をしているエドが、辛くて苦しい思いをたくさんしてるエドが、今日もどこかで戦っているのに、私が泣いてもいいのか、笑ってもいいのか、それが許されることなのかが分からない。
私が呑気に過ごしている日々が、エドを想う気持ちさえもが申し訳なくて、心苦しい。いっそのこと泣くなとか笑うなとか言ってくれた方が楽なのに。
エドに恋することは、こんなにも息苦しい。

「馬鹿ね」

「お姉さん?」

「あなたはエドワードくんが初恋の人だから分からないかもしれないけどね、恋ってそういうものよ?」

「嘘だぁ」

「あら、恋愛マスターのお姉さんが言うのよ?間違いないわ」

妙に説得力のある言葉に、何も言えなくなった。

「まあ苦しさは人によって違うけれどね。エドワードくんだってきっとなまえのことで苦しむことがあるはずよ」

頭を撫でてくれるお姉さんの手が、優しくて。私は久しぶりにエドを想って泣いてしまった。
リビングの方で電話が鳴る。出てみれば騒がしい雑音と、それからエドの声。

「あとちょっとでそっちだけど、欲しいもんとかあるか!?」

「とく、には」

発車のベルが電話を切るのを急かすように鳴る。
不器用なエドの優しさがじんわり染みていった。

「……にかく、あと二駅で着くから!またあとでな!」

「う、ん。またあとでね」

洒落たアクセサリーも、美味しいお菓子も、拙いキスも、そんなもの要らない。「またあとで」みたいな、不安を取り払ってくれる確かな言葉が、私は欲しかったんだと思う。

恋距離遠愛


*****
タイトル通り、De/co27*さんの「恋距離遠愛」をモチーフに書きました。
言いたいことが上手く言葉に出来なかった……

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