「痛いわボケ!」

目の前で仁王立ちしている女。まるでひよ里みたいな女。
で、俺の彼女。

「平子が無理矢理見ようとしてくるからよ!」

「ええからはよその手退けろや」

「変態」

何でこんな扱い受けなあかんねん。ほらまた蹴り入れるし。俺をどつきながらも尚、おでこに当てられた手が、状況を物語っている。大方また前髪切るのに失敗したってとこやろ。
俺がやったるっちゅーてんのに。パッツンになるから嫌やとか、失礼なこと言いよるわ全く。

「あーもう、ええわ。サンドバッグになるくらいやったら帰る」

そろそろ理不尽な暴力が身に染みてきた。
床に無造作に置いてあった隊首羽織を拾って、襖の方へとつかつか歩く。きっと今の俺の背中は不機嫌なオーラ出しまくってんねやろな。
まあ実際、どんだけムカついても、やっぱり好きやねんけど。嫌いになられへんとか重症やな。

「……何やねんお前。蹴ったり、抱きついたり、何したいねん」

長い金髪が少し引っ張られる感覚。背中の向こうから回ってきた手が腰の上辺りに絡み付く。

「平子なんて嫌い」

「言うとることとやっとることちゃうんやけど」

思わず笑いそうになったのを必死で堪えて、無愛想に言い放つ。
だってお前、俺に絡み付いとる細っこい腕、ちょっと震えてんで。

「私をこのまま一人にしちゃう平子なんて、嫌い」

あーもう。あんまし可愛いこと言うなや。理性飛んでまうやろ。
結局俺もあいつも、お互いのこと好きすぎるんやろなァ。阿呆やって、ひよ里らに言われるのはこのせいか。

「平子は、嫌い?」

「何をや」

「わた、し」

背中越しに伝わってくる不安はよう分かっとる。好きやでって言って欲しいんやろ?
けどなあ、ちょっとだけお仕置きや。

「あぁ嫌いやな」

絡み付いた手が一瞬緩んだ。あいつの表情は、見んでも予想がつく。
俺のこと散々どついたお返しは大きいねんで。
方向転換。向かい合わせの形になれば、咄嗟に顔を伏せる。
その伏せた顔を両手で挟んで上を向かせると、両目にうっすらと涙が浮かんでいた。
くそ、何でこんな可愛いねん。

「いつまで経っても俺のこと真子って呼んでくれんお前は嫌いやなァ」

にたり笑えば、あいつは不意を突かれた答えにぽかんとしていた。

「ほら、真子って呼んでみ?」

小さく小さく呼ばれただけやったのに、それは俺を満たすには十分すぎるほどの三文字で。
やっぱり俺はあいつに惚れた、ただの男やな。

「お、前髪」

咄嗟にまた前髪を隠したけど、もう遅い。ばっちり見てもうたわ。

「お揃いやな」

また俺に蹴りを入れながらも、真っ赤になるこいつを嫌いになるには、あと数百年必要みたいや。


バルーンスカートに隠した




*****
前髪を切りすぎてパッツンになってしまった彼女。
隊長時代の平子さんの長髪を愛してやみません。

タイトル、カブリオール

100806
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