声を掛けてきた少年。この真夏なのに、うっとうしい長い黒髪を持った少年。エンヴィーという名前だと、聞いてもないのに教えてくれた。
この町へは、中央から仕事で来たらしい。何かいかがわしい事でもしてそうね、と言ったら妖しく笑ったから、満更外れている訳でもなさそうだ。一ヶ月くらいしたらこの町から消えちゃうなんてことも言ってた。
なのに、好きだなんて。
そんな冗談みたいな言葉欲しくはなかった。軽くあしらえば良かったのに、私も好きだなんて言ってしまったのは大きなミスね。でも。

「ごめん好き」

エンヴィーが中央に帰るまであと10日ほど。この日も二人で白いシーツに沈む。
何をするでもなく、毎日二人でじゃれ合ったり、お喋りしたり。それだけなのにただ楽しくて。
終わりが見えているっていうのに、何でこんなにも笑って居られるんだろう。そうエンヴィーに問えば、「そんな難しいこと知らない。今が楽しいならそれでいい」なんて能天気な答えが返ってきたから、私も今や先の事を気にしなくなった。
おかしいのかな、私たち。

「ねえ」

さあ寝ようかとエンヴィーに背を向けて数分後。なぜか私たちは、寝るときだけは背中合わせ。最初のころの癖みたいなものが残っているのかな。
続けて「ねえ」と呼ぶ声が心許なさそうに鳴っている。私は寝たフリが下手なことは知ってる。でも振り返らない。ちゃんと名前を呼んでほしいから。
ずるい、ずるい、仕方ないわ。

「ねえ……なまえ」

瞬間、くるりと体を反転させ、エンヴィーの目を見て微笑む。
彼は不服そうな顔をして、それから、ぎゅっと私を抱きしめた。
初めてだった。
ベッドに入ってもキスの一つさえしていなかったから。
前に「エンヴィーは私とキスとかハグとかしたくないの」と聞いたことがある。その時彼は、そういう感情は僕の姉に預けてきてしまったんだなんて意味の分からないことを言っていたはず。
なのに今抱きしめられてるだなんて。

「どうしたの。今日のエンヴィーはおかしいよ」

「もうすぐ僕、中央に帰っちゃうんだよ」

「うん。でもそれは私たちが出会った時から二人とも分かってたことじゃない」

「今更、ってやつ?」

「うん、そう。今更」

「じゃあ僕は今更、」

離れたくない。
そう言って今度は唇を重ねてくる。拙さと哀しみが伝わってくるその唇は、こっちまで不安になってしまうくらい、震えていた。
真っ白なシーツに透明な染みを作ったのは、彼か私か。
本当に今更だけれど、こんなことをされてしまっては、私だって離れがたくなる。
きっと今まで私たちは、キスとかハグとか、そういう確かな繋がりを持つことが怖かったんだ。
よく、何をしてなくても心は繋がってるなんてクサイ事を言う人が居るけれど、そんなものは結局曖昧なのだと思う。
だってキスをして、ハグをして、エンヴィーに対する気持ちが私の中に焼き付いた。
これこそが繋がるってことだと思うの。
その日は初めて、エンヴィーの腕の中で眠った。初めて、あと少ししか一緒に居られないという現実に泣いた。この時間が、空間が、楽しいのではなく愛しいと感じた。
たとえこの一ヶ月間だけの特権だとしても、こうしてバンダナを取られ、シーツに蛇みたいに広がる黒髪に触れられるのは、こんな無防備な寝顔を見られるのは、こんなにも近くに居られるのは私だけだと思うと、やっぱり離れたくなくなってしまった。
明日あたり、汽車の運賃でも調べよう。そしてエンヴィーに私からキスでもしてみよう。そしたら、どんな顔をするのかなぁ。

宙ぶらりんりん鈴が鳴る



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哲学的なことを言いたいお年頃なのです。若造がすいません。

タイトル、バンビーノ伯爵

100728
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