一瞬唖然としたあと、大慌てで時計を見る。駄目だ、もう授業が始まっちゃう。せめてあと3分早く気付いてれば他のクラスに借りに行けたのに、ほら。
チャイムがなってしまった。

「おいみょうじ、今は世界史の時間なんだがな」

「すいません、日本史持ってきてしまいました」

先生に教科書類を忘れたことを告白すると案の定呆れられた訳で(怒られなかっただけマシだと思おう)、背後からはクラスのみんなのクスクスという笑い声。
ああ恥ずかしや恥ずかしや。

「仕方ないから隣の奴に見せてもらえ」

え……。
ゆっくりゆっくり席に帰ってもその事実は変わらず、相変わらず私の隣は空席と、栄口君だった。
必然的に栄口君に教科書やらを見せてもらわなければならないのだけれど、どうにも憚られれる。
け、ど。

「栄口君、机くっつけさせてもらってもいい?」

「うん、いーよ」

栄口君の居る窓側にズルズルと重い机を引っ張って、教室の一番後ろに不恰好な長机が出来上がった。

「ようし、じゃあ43ページ開けて」

栄口君のペラペラとページをめくる指を無意識に凝視してしまっている私。
おっきな手……。

「みょうじさん、これで見える?」

「あああ、うん! 大丈夫!」

いつもなら結構真面目に先生の話を聞けるのだけど、今日はちょっと事情が違う。
隣20センチ程のところに居る好きな人に意識が全部持っていかれてしまって、栄口君がマーカーで印を付けたところの語句が少し目に入るだけ。但し、目に入るだけで頭には入っていないのだから意味はないのだけれど。
じっとしているのが落ち着かなくて、鼻を触ってみたり、髪をすいてみたり、手首を擦れば脈の早さを実感する始末。
私、汗くさくない? 変なものとか付いてない? 机に馬鹿な落書きしてない?

「寒い?」

「え?」

「いや、さっきからもぞもぞしてるから。窓全開だし」

そう言って窓を半分くらい閉めてくれる栄口君。
寒くはないよ、寧ろ体温が上昇しちゃって暑いくらい。栄口君がそんな優しいとこ見せるからまた輪をかけたように暑くなるの。
前をまっすぐに見据える体勢に戻った栄口君を不意に見つめて、それから慌てて下を向く。何て可笑しな一人芝居。
この時間が、この距離が早く終わってほしいけど、終わってほしくない。
二元論的な思考はこの感情について説明もできず、結局のところ結論には至らなかった。
恋は理屈じゃないだなんて、どこのだれが言ったのだろう。そんな名言も、残念ながら世界史の教科書には載っていない。
そしてチャイムが鳴る。みんなが一斉にシャーペンやらマーカーやらを筆箱にしまう音がして、挨拶が終わると瞬く間に教室は煩くなった。

「栄口君、あ、ありがとう」

「どういたしまして」

ふわりって表現がぴったりのその笑顔は、直視出来ない程きらきらで、でも教室の喧騒に紛れてしまいそうな儚さで。
栄口君しか持っていないようなきらきらだと思った。
どうやら、あの距離でどきどきが治まらなかったような青二才の私には、少々刺激が強すぎるみたい。



きらきらに感染



*****
栄口誕生日おめでとう!
その優しい笑顔にこれからも癒され続ける気がします。

机くっつけて一つの教科書二人で見るって何か可愛いと思いませんか?
実際自分が当事者になったらどきどきしちゃいますが。

100608
SAKAEGUCHI BIRTHDAY
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