吹きっさらしの見張り台。マストを一生懸命登った甲斐があったというか、マルコはやっぱりここに居た。

「お前……スカートなんかでこんなとこ登って来んなよい」

「うん、次から気を付ける」

何気なく彼の隣に腰を下ろしたら、少し距離を取られて、少しかなしくなった。
けど、どうしたなんて優しい声で気遣ってくれるもんだから、嫌われてはないんだと、かなしさは呆気なく吹き飛んだ。
どうした、はこっちの台詞だよ隊長さん。

「俺ァ海見てただけだ」

「感傷に浸ってたとか?」

「なんでそうなる」

なんでと聞かれても。
月明かりに少しだけ覗く目が赤く見えるからだとしか言い様がない。
本人はバレてないつもりなんだろうな。

「亡くなった……隊員さん?」

世界から隔離されたような静かな時間。いつもならすぐに返ってくる皮肉たっぷりの返事がないから余計に静か。
マルコの隊、一番隊の隊員が亡くなったらしい。その凶報を聞いてすぐさまマルコの姿を探したけれど、広い船のどこにも見当たらなくて、不安になったのは私の方。
今こうしてるのも、私の身勝手なエゴイズムの表れであって。救いたいなんて大層なものじゃなくても、それに準ずるような感情があることは否めない。全く、彼相手に身の程知らずにも程がある。
溜め息がひとつ、ぴりぴりとした空気を震わす。

「俺は死なない」

「うん」

「けど周りではバタバタ人が死んでくんだ」

「うん」

「大切な、奴らも」

膝の間に顔を沈める彼の姿を見てもうんとしか言えない自分がくやしかった。

「慣れたつもりだったんだよい。頭では、ちゃんと理解してんだけどなァ」

苦しそうに笑う顔。そんなものが見たいんじゃないんだよ。
私は何しに来たんだろう。取り敢えずマルコの側に居てあげたい、ううん、居たいと思って。けどそれから何をしたかったんだろう。何ができると思ったんだろう。
苦しそうに笑う彼を見てキュッと締まる心臓を、上手く伝えられない。彼のかなしみを和らげたいって気持ちは確かにここにあるのに。

「ごめんねマルコ。何も……言ってあげられないや。私、ただ側に居たいとしか思ってなく、て」

ああこれじゃ本当にエゴを押し付けてるだけだ。泣きたいのはマルコの方なのに。
大切な人に置いていかれるかなしみを、自分が当たり前みたいに生きてる辛さを、彼は人の数倍痛感するんだから。
私なんかに同情されたって腹が立つだけなのかもしれない。そう言ってしまえば、私のこの数分間の行為は全て否定されてしまうことになるんだけれど。

「高いとこに来たら、体が軽くなる気がしねェか?」

唐突に、彼が言った言葉を、嘲笑とも微笑みとも言い難いその笑みを、私は初め上手く解釈出来なくて。ただ無意識に空を眺めていたのは本能的な何かなのか。

「うん、ちょっと分かるよ」

「重力かなんかの関係なのかねェ」

その言い方おじさんぽいよ、と言ったらこつん、いや、ごつんと頭を叩かれた。
痛い、けど。いつもの彼の調子が戻ってきたのかもしれないと思うと、自然に顔が綻んだ。
重力とか、悩みとか、不安とか。そういう煩わしいものを取り除くことが出来る力を持っているのは、何も高いところだけじゃない。

「軽くなったついでにさ、空の向こうまで飛んで行きたいね。船じゃいけないかなあ」

「無理だろ。船は空を飛ぶもんじゃない、海を走るもんだよい」

「でも親父がこの世には飛べる船があるって言ってたよ」

「まァちょっとくらいなら飛べるかもしれねえが……空の向こうまでは無理だろい」

そっか。私はちょこっと言葉を発して、それから少し考える。
その様子が落ち込んでいるように見えたのか、彼は頭を二回ぽんぽんと叩く。優しい手だ。大好きな手だ。

「ねえ馬鹿マルコー」

「こっから落とそうか?」

「私いつか宇宙船作ったげるよ。重力の外まで……今悩んでることなんかすっと消えちゃうくらいのとこまで行けるやつ。だから、だからね」

落とそうか発言を無視されてムッとしていたた彼の顔がすっと穏やかになった気がした。相変わらず目付きは悪いけど。
それに反して私は言葉を続けられなくなって、微妙な温度差が二人の間にできる。
そしてその温度差を埋めるかのように、また彼の手が私の頭に乗った。

「楽しみにしてる」

そう言った彼は伸びをしながら立ち上がり、二人して見張り台から降りた。
誰も居ない甲板。遠くでは船員たちが騒いでる音がする。確かにみんなが、そこに居る。
ありがとな、という声が小さく聞こえて、視界の隅には差し出された彼の右手が映る。

「いいの?」

「どうせこうして欲しいんだろい」

伝わってくる温もりは、宇宙船なんかよりずっと確かな優しさだった。
きっと、その右手が冷めることはない。

『世界』を愛せる魔法が欲しい




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企画「無限ループ」さんに提出。素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!

ぼーかりおどP
初音ミク「1/6」をイメージして書かせていただきました。すごく優しい曲で、大好きです。

タイトル、3/19

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