目は覚めた、けど瞼を開ける気にはなれなかった。カーステレオから流れてきた音楽だけが私の聴覚を刺激する。この歌は私と孝介の好きなやつ、だ。続いて隣から聞こえてきた鼻歌。
孝介がフリーマーケットで見つけてきたこのマイナーな洋楽。ほぼ毎日聞いてるもんだから、私もいつの間にかこの歌が好きになった。
がたんごつん。車が相変わらずの振動を続けているのを見ると、まだ家には着いてないらしい。 
サビに突入した途端のアップテンポ。心なしか車の速度も加速して、すごく気分が良さそうに鼻歌を口ずさむ孝介。何だか面白くて思わず吹き出してしまった。

「起きてたのかよ」

「うん。気持ちよく歌ってたところごめんね」

「うるせぇよ」

照れ臭そうに口に手を当てる孝介。私は少しばかり愉快で、終盤に差しかかっていた歌を巻き戻した。またあのイントロ。

「つかお前の寝顔の方が恥ずかしいって」

「えーひどい」

「だって無防備すぎ……」

くすくす笑う声に、今度は私が顔を赤らめた。赤ん坊みたい、と続けられれば、更にドキドキは煩く体内を駆け巡る。
こんなに無防備になれるのは孝介の隣だからだよなんて、素直に言えない。可愛くない。

「昔何かで読んだんだけどね」

照れ隠しをするようにそう呟いた。ん?とか言いながらまっすぐ前を見つめる瞳。その横顔さえどうしようもなくかっこよくて、愛しい。なんて馬鹿な思考。

「世界で一番の安心ってなんだと思う?」

「安心?」

「うん。昔読んだ何かにはね、世界で一番の安心とは帰りの車の中で眠れることである、って書いてあったの」

「何だそれ」

「私も大人になるまでよく分からなかったんだけどね」

そんな当たり前が幸せだって、気付くのはその当たり前をなくしてから。生きてきた中でそんなことは痛感している。
一人で高速を走るようになって、両親の後ろで何も不安がることなく眠っていた私を羨ましく思うようになった。
眠気を吹き飛ばすようにアクセルを踏み込んで、また寂しさが込み上げてきたり。訳の分からない喪失感、底なし沼のような不安。前を見ても、隣を見ても、そこに確かな存在がない。
孝介と付き合うようになって、そして結婚して。ぽっかり空いていたそこに、一つの大きな存在ができた。
その存在はいつだって、私に最上級の、極上の、世界一の安心をくれる。これってすごく幸せなことだよね。
珍しく素直にそう言ってみたら、案の定、槍でも降るんじゃないかなんて皮肉を言われてしまった。

「私たちの子どもにもさ、そんな安心をいっぱいあげれるようになりたいね」

馬鹿にされっぱなしの状況を打破しようと言ってみた言葉にも孝介は平然としていて、孝介らしいっちゃそうだけど、面白くないというか、何だか癪だ。

「あ、それとね」

ちょうど曲が終わって、次の曲までの合間の静かな時間。やけに響いた私の声と、浅く息を吸い込む音。
クーラーが効きすぎているせいだろうか、じわり滲んだ汗がやけに冷たい。
手の行き場に何故か困ってしまって、袖から伸びる両腕を無駄にさすってみた。

「今日千代と検査行ってきたんだけど……子ども、できた」

「そういうことは一番早くに言えよ馬鹿」

相変わらず平然な顔のままそう言った孝介。あれれ、こんな反応、どのドラマでも見たことない。

「驚かないの?」

「だってそろそろかなって思ってたし。それに、お前が意味もなく子どもができた時の話する訳ないしな」

ふっと手を温度調節するクルクルに伸ばしながら淡々と言う孝介。
嬉しくないの?
そう聞こうとして止めた。責めてるみたいな言葉だと思ったから。

「……孝介、寒いの?」

「は? 別に」

私はそっか、と呟いて下を向く。今の顔を見られたらまた馬鹿にされるんだろうな。でもにやけ顔が直らないや。
クーラーの温度上げてくれたの、体冷やさないようにって私への心遣いだよね。
これは自意識過剰なんかじゃない、と思う。

「孝介、私が腕さすってたのは寒かったからじゃないよ」

「……あっそ」

孝介はまだ平然な顔のままだったけど、微かに赤く染まったその頬に、また私の顔は緩んだ。


ソノリテ


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ソノリテ…よく響くこと

企画「Marryにキスして」様に提出。遅くなってしまい申し訳ないです。
ありがとうございました!

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