起きて目に入った部屋はいつもと変わらない。少し目線を泳がせれば、こないだ買ったばかりの時計が、まだまだ起きる時間ではないことを示していた。 唯一非日常的なこと。さっきから気になっている、この背中に感じる温度は気のせいだろうか。そうであってほしい。嫌な汗がぞくりと背中を冷やす。何とも対照的なこの状況の打開策。取り敢えず服は着てる。よし。 恐る恐る上体を起こし、背中ごしの温度の正体を見て、息が上手くできなくなった。なんでなんでなんで。 なんで、エースさんが隣に居るの。 訳が分からないまま、まばたきだけが回数を重ねる。打開策なんてものは吹き飛び、鼓動と言っては大層すぎる、まあ俗に言うドキドキが収まらない。急にもぞりとエースさんが動いた気がして更に心臓が速り、慌てて寝たフリをした。 「ん……なまえ起きたか」 「……」 「お前寝たフリ下手すぎ」 エースさんの笑い声の裏、私はまだ目を開けることさえ出来なかった。寝たフリだってバレてるのに。 「おーい」 「……おはようござい、ます」 おはようと返されて、でも続く会話は見つからない。多少心拍数は落ちたかもしれないが、恥ずかしさまだ目は開けられず。 「んなに固くならなくても、やましいことなんてなんもしてねェから」 私の考えてたことをぴしゃりと言い当てて見せた彼。きっとあの憎い位にかっこいい顔で、これまた憎い位に綺麗に微笑んでいるんだろう。 「別にそんなこと、思ってません」 「そうか」 やましいことを想像してるようなフシダラな女だとは思われたくなくて、嘘を吐いた。こんなの嘘だってことも、バレてるんだろうけれど。 「あの……何で私のベッドに居るんですか?」 まあなんとなく、想像は出来るんだけれど。何しろ昨日の宴では許容量を超えた飲酒をしてしまった。ぶっ倒れるのは、まあ自然なことでしょう? 「覚えてないか? 昨日の宴で飲み過ぎて、おれがここまで運んでやったこと」 「えっ、と」 「そしたらなまえが一緒に居て、って手ェ離さないから」 一度収まったと思った心拍数も再び上昇。この状況に至った経緯は大体想像がついていた筈なのに、改めて説明されるとやっぱり熱っぽくなる顔。一緒に居たいという気持ちは、嘘なんかじゃない。その事実が更に私を火照らす。 「あの、本当に迷惑掛けてすいませんでした。ちょっと頭冷やしてきます」 一刻も早くこの空間から、という心理が私を急かす。ただ恥ずかしいという気持ちだけがふつふつ沸騰して、逆に宙に浮いているような感覚を味わった。 その時不意に、でもしっかりと、掴まれた右腕。 「迷惑だなんて、いつ言った」 パッと振り向き、やっと目が合った。彼の力強くも優しい目に、酔う。 「エースさんは優しいですね」 「嬉しいが、嬉しくないな」 「どういうことですか?」 「分かってねえのか? 俺の優しさが下心付きだって」 また、息が上手くできなくなった。目を伏せてから、ちらりと盗み見した彼の瞳は真剣なんだってことを痛いくらいに伝えてくるから。私はどうしようもなく困惑してしまって、もう一度、目を伏せた。視界にはいつもと何一つ変わらない、上半身だけ裸のエースさんの姿。それだけのことなのに。こんな状況だもの、どうしたって意識してしまう。 ううん。違う。意識なんてずっと前からしてたじゃない。 「……自惚れ、ますよ?」 「ああ」 そして彼の腕の中。髪を微かに揺らす彼の息。胸板から直に感じる彼の体温。一瞬離れてから、視界いっぱいに広がるエースさんの、顔。 さほど経験のない私でも、彼が何をするつもりなのかは察しがついた。反射的に下を向いても、顎に手を添えられて、またそれが視界を覆う。 幸せは、こんなにも私を締めつける。 「エースさん、今メラメラの実の能力使ってますよね?」 「は? なんで」 「だって燃えちゃいそうなくらい、熱い」 「……お前照れ隠しも下手なんだな」 ゆらゆら陽炎、 どくどく心臓 ***** 久々のお話はエースになりました。ただいまワンピースに猛烈にハマっている私です。 このタイトルを目にした瞬間、エースしか浮かびませんでした。しかし書き始めてから今日までに一週間ほどの時間を必要としてしまいました。 エース大好きだっ!← タイトル、3/19 100401 |