私はむつかしいことは分からないから、ブレイクの言葉をそこらに流れてる曲を聞き流すようなスタンスで聞いていた。

「……ていう状況なんですが、理解出来ましたカ?」

「ああうん」

「分かってないでショ」

「うん」

溜め息がブレイクの口から漏れていくのが聞こえる。下手な嘘は吐くもんじゃない。すぐに見破られてしまうほどの長い年月を一緒に過ごしてきたんだもの。

「まあ結果から言いますと、私はパンドラに追われてて、君とはもうここに一緒に居られないってことです」

「うんそれは分かった」

沈黙は沈黙でも、それには何種類かあると思う。この沈黙は割りと好き。ブレイクが言葉に詰まってる、面白い沈黙だから。

「随分あっさりしてますネ。もっとショック受けるとか、びっくりするとか、してくださいヨ。反応がそれじゃあ何か寂しいじゃないですか」

ショックを受ける必要もびっくりする必要もないんだから、こんな反応なのは仕方ない。ブレイクは冷たいだとかぼやいてるけど。ちなみに、そんなつもりは全くない。 

「ほらもっと、悲しむとカ」

「なんのために?」

「なんのためにって……私タチ恋人同士という関係ですよね一応」

「一応じゃなくてそうでしょ」

だからなんだと言うんだろう。恋人同士だからこそ、私はこんなに余裕な態度で居られるのに。

「ねえいつ? いつ出発するの?」

「明日には」

「じゃあ早く荷物まとめて明日のために寝なきゃ」

手にしていたコーヒーを流し台に置く。どうせもう洗う必要なんてない。必要なもの、大切なもの、ぶつぶつ唱えながらキャビネットを開けたり閉めたり。

「あの……えーット。何をしているんですカ?」

「荷造りに決まってるじゃない」

「万一の話をしますけど――一緒に逃げるつもりじゃないですよね?」

「何言ってるの。そのつもりよ。ブレイクだって、そうでしょ?」

愛の逃避行ってやつ? おどけたように言うと、また溜め息を吐かれた。それで気付いてしまった。

「……もしかして一人で行くつもりだったの?」

「ええ」

「う、そ……。なんで」

「君を巻き込むなんて嫌なんですヨ」

「そん、なの、今更じゃない」

さっきまでの余裕はもう深海に沈んでしまったようだ。容量オーバーの海水が溢れ出てきてしまう。恋人同士なんだから、当然連れてってくれると、思ったのに。

「ああもう。余計不細工になっちゃいますヨー?」

「う、るさい!」

「連れてってほしいですか?」

黙って頷けば、くしゃりと頭をかき混ぜられて、ベッドに誘われる。きゅうっとブレイクの腕の中に閉じ込められるけど、いつもより安心出来ない。

「明日は早いからもう寝た方が良い」

「ね……一緒に連れてってくれるんだよね?」

ブレイクは何も言わずに腕の力を強める。なんでこういう時に、私が安心するような言葉を掛けてくれないんだろう。キスのひとつもくれないんだろう。そう思いながらも、私だって何も言うことが出来なかった。

「全く……君が寝てる間に一人で行こうなんて思ってないですカラ。そんな悲しい顔で見ないでくださイ」

にこり。それと一緒に沸き上がる安心。どこかのピエロみたいに、一瞬で自分の世界に引き込んじゃうの。おやすみ、って言って目を閉じた。このベッドともお別れだ。





沈黙には何種類かあると思うと言った。これは私が嫌いな沈黙、大嫌いな沈黙。ブレイクが居ない、かなしい沈黙。妙に湿っぽい部屋は、私の目から出るなみだのせいですか? 
別れを告げたはずのこのベッドの上で、私は小さく息を詰まらせる。なんだか自分のなみだで溺死してしまいそう。

ねえ嘘つきさん。そこに置いていった飴は何? 遺留品のつもりですか? 全然笑えないです、よ。



ハッピーエンドが望めない理由
(それはあなたがそういう人だから、その一言に限るわね)



*****
企画「エスケープ事情」さんに提出。大変遅くなって申し訳ないです。しかも何故マイナーなパンドラでって感じですね……

お粗末でした。

タイトル、カブリオール

100314
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