四魂のかけらが無くなった足の重さにも慣れてきた頃だった。ふわり、新芽の香りに混じってあいつの、かごめの匂い。微かだけれど間違う筈はない。出る精一杯の力で地を蹴り、出る精一杯の速さで其処へ向かう。 結果から言えば、其処にかごめは居なかった。居たのは見たこともない人間の女。もちろん知っている訳がない。――けどこの匂いだけは、知ってる。 「よお」 「あ……鋼牙。また来たの」 「来ちゃ悪いか」 「いや、悪くは、ないけ、ど」 言葉の途中、なまえの腰に腕を回す。顔をくっつければ、なまえは座っていたから腹の辺りに鼻が当たる。いつものことだから特に抵抗はしない。 「ねえ鋼牙、まだかごめ様の匂い残ってる?」 「あ?……ああ」 「なんでだろう。もう随分経つのに」 「妖狼族は鼻が良いからな」 「そっか。私たちの何倍も鼻が利くもんね」 そう言いながら俺の黒髪をなでる。安心感。それは春の風の生温さに少し似ている。自然と瞼が重たくなるような、俺を無防備にするような。 「眠たい?」 「んあ、ちょっとな」 「寝ちゃっても良いよ」 こんな優しい言葉にいつも呑み込まれる。俺は妖怪なのに。なんでこいつは。 「なあ。お前俺に殺されるかもしれないとかそういうこと考えねえのかよ」 「あれ寝ないの?」 「気分じゃなくなった。つーか質問に答えろ」 絡めていた腕をほどき、少し睨みつけてやると、なまえは頓狂な顔でこっちを見ていた。隙だらけ、だ。 「うーん……今更そんなこと言われてもなあ。もう鋼牙のこと妖怪として見れなくなってるもん」 「どういう意味だよ」 「それは言えない」 「なんなんだよ」 こいつはくすくすと穏やかに笑う。それが俺には気に入らなくて。隙いっぱいのなまえに噛みつくように口づける。 「やっぱり鋼牙は妖怪じゃないみたいだね」 あ、れ? 何でこいつはこんな余裕なんだ。唇奪われたくせに。 「あーもうむしゃくしゃする! 寝る!」 「眠たくなくなったんじゃ?」 「うるせえ!」 パタンというよりドスッという可愛げのない音を立て、なまえの膝に頭を乗せる。いわゆる膝枕ってやつにもこいつは動じない。なんでなんだよほんとに! 「ねえ鋼牙」 「……」 「鋼牙は絶対に私の気持ち分かってないよ」 「ああ分かんねえ」 嫌だとか、止めてとか、もう来ないでとか、はっきりそう言ってくれれば分かりやすいのに。ああでも、そんなこと言われたら傷付くな。 「鋼牙」 さっきから何度も何度も俺の名前を呼ぶなまえ。何かを確かめるかのような声で。 「かごめ様の匂いが消えたらもう来てくれないの?」 びっくりして顔を上げると見たことのない顔がそこにあった。急に変わった表情と声色に対応出来ない。 「なんてね!」 でもそんな誤魔化し、あんな顔を見た俺にはもう通用しない。馬鹿だなこいつ。俺も大概だけど。 「ずっと言えてなかったんだけどさ、」 あいつの残り香はとっくに消えてたよ ***** 書いたまま放置してた そんな出来 100224 |