昼休み、屋上、まだ冷気を含んだ風、揺れる髪、お弁当。自分でもあからさまに青春っぽいなあと思う。何でこんな寒い時期に屋上なんか来たのかと言うと、なまえがここでお弁当を食べたいと言ったからだ。何のためにかは教えてくれない。

「なーなまえ、寒くねえ?」

「あ、うん、そうだね」

「そろそろ中入ろうぜ」

「う……ん、」

どうにもはっきりしない言葉尻。俺はこういう性格だからそういうのどうも気に入らない。ちょっとだけ、ちょっとだけ苛々する。

「なに。どした?」

「あの、ね。恥ずかしいんだけどこれ……チョコ」

ああそうか、今日はバレンタインだったっけ。今まではチョコ貰えるなら誰からでも良かったけど今年は違うみたいだ。だってさっきの苛々が嘘みたいに嬉しさに変わってる。やっぱ俺単純だな。 

「手作り?」

「一応そうなんだけど、ほんと下手だから期待しないでね」

「んなん気にしないって!ありがとな」

味は自信あるんだけど、というなまえの言葉を軽く受け流しながら包みをほどく。開けた箱に入っていたものは多分チョコレートケーキ。多分が付くのは見た目がそれに見えないくらい崩れているからだ。下手、そのなまえの言葉は軽く俺の予想を越えていた。だからわざわざ屋上なのか。

「ゆ、悠。やっぱまた今度市販品買ってきて渡す!」

そして取り返そうと俺の方へ手を伸ばす。ちっちゃく掴まれたセーターの袖が何だかこしょばい。

「返してー、恥ずかしいー!」

「やだって!」

「お願いっ」

ぱくり、チョコレートケーキを口に運ぶ。少し焦げたような香りがするけど普通に美味しい。

「ああもう、悠!」

「美味しいよ」

「けどっ……あれじゃいくらなんでも……!」

俺の大きな口は残りのチョコレートケーキもその中へ吸い込んでいく。指に付いたやつまで、ぺろり。

「ごちそうさま」

「変な味とかしなかった!?」

「大丈夫、すっげー旨かった!」

「うーやっぱ市販品買ってきて渡せば良かった……」

「バカ、それじゃ意味ねえだろ。俺が欲しいのは『お前のチョコ』だけ!」

頭を撫でながらそう言うと、顔とか耳たぶとかを赤く染めながら下を向く。きゅっと頬を両手で挟んで顔を上げさせると真っ赤かな顔と、潤む透明な液体。

「……泣いてる」

「もっ……バカ!悠のバカ!」そう言ってA4くらいの紙を取り出してそれで顔を隠す。これ以上からかっても可哀想だから放って置くことにした。ひとりでぶらぶら、フェンスの方へ歩いていく。冷たい風が少しだけ痛かったけど、口内とセーターの袖に残る甘さの方が打ち勝っていた。
幸せな気持ちで眺める先、なまえ。さっきの紙を見ながら何かをぶつぶつ唱えている。

「なあ、何してんの?」

「ああ、次の大会の原稿読んでるの」

なまえは放送部。何回か司会やってるのを聞いたけど、俺が知らない声で喋ってて何だか不思議な感じだった。今も目の前で、さっきのやり取りの時とは全く違った声を出している。綺麗だなあ。

「大会近ぇの?」

「ああうん。結構大事な大会だから。ごめんね、せっかくの二人の時間にこんなことして」

紙を畳み始めたのを止めると、少し驚いた顔でこっちを見やるなまえ。

「いいよ。大事な大会なんだろ?それに声、聞いてたいし」

こくこくと力の抜けたようなうなずきを繰り返してから、恥ずかしそうにまた原稿を読み出す。時々声が掠れてしまっている。――こうやって流れるスローペースな時間も嫌いじゃないな。

「悠つまんなくない?」

「んーん!」

「そう?」

「にしてもなまえ頑張るよな」

「悠に比べたらまだまだだけどね。ちょっとでも、追いつきたいと思って」

「俺、なまえの前行ってる気しないんだけど」

「ううん。悠はすごいの。きっと将来、プロの野球選手とかになっちゃうんだろうなあって、思う」

「へへっ、ちょっと照れるな!」

「だから私も頑張ってアナウンサーになるの。将来悠と結婚しても恥ずかしくないくらいの人になる。悠の傍に居れるように頑張るの」

ほら私、料理も出来ない女だし。へにゃりと緩むなまえの口元。そんなプロポーズみたいなこと言われたら、こっちがたじたじしてしまう。
たとえ料理が出来なくても、アナウンサーになれなくても、俺がそんなことで傍に居てほしくないなんて思う訳ないじゃん。そこらへん分かってんのかなあ。俺、なまえが思うほど立派な人間でもねーんだけど。ま、そんなこと口に出すのも格好悪いから言わないけどさ。
その代わりにキスをする。お互いの熱が心地よい。なまえのその滑舌の良い舌を絡めとり、もっともっと熱くなればいいと思った。
とんとんと躊躇いがちに俺の胸板を叩いて、苦しいの合図。離せば唾液の付いた唇は風に冷やされて一気に熱を奪われる。ああ、もったいない。

「やっぱり味は大丈夫だったね」

「何が?」

「チョコレートケーキ」

「だろ?」


俺たちの青い日常を、あの聖職者は空から微笑ましく覗き見ているんだろう


*****
野球選手はよくアナウンサーと結婚するって認識は古いですよね、そうですよね……

この話を書くにあたり、バレンタインの歴史を調べたんですが(お話には何一つ反映されてないけど)、結構面白かったので暇な人は見てみてください。

田島は悠とか呼ばれてたらいいな、って願望が詰まってます。

にしてもタイトルとあとがき長いな

100214 Valentine Day!!
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テーマ「人外ファンタジー」
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