白い陶器製のコップに手を伸ばす。中の液体はコーヒーだったのだけれど、今はもうただの冷えた不味いモノ。ああくそ、一回目を離したらどこ読んでたか分かんなくなった。もう一度そのページの最初から、大雑把に目を通していく。指を伝う紙のざらざらが少しくすぐったい。この研究書、何でこんな変な暗号使ってんだ。読みにくいっつの(マルコーさんのに比べたら絵本みたいなもんだけどよ)。

「……っわ!」

急にひんやりとした感覚が頬に。一瞬右手で頬杖でもついたかと思ったが、ちゃんと研究書の上に乗っている。振り向いた、その先になまえ。

「なんで、」

「放っといたらエド、知らない内に年越しちゃうと思って。ほら、研究書とか読みながら」

俺の肩越しに机を覗き、研究書やら辞書やらが撒き散らかされた机を見て、やっぱりと呟いている。

「年越す……?」

「え、もしかして気付いてなかったの?今日大晦日だよ」

一年の最後の日。もうそんな日になってしまってたんだ。

「もう本当しょうがないなあ、エドは。やっぱり来てよかった」

そう言いながらコップを持ち上げる。何これ不味いと言いながらキッチンへ向かい、今度は二人分に増えたコーヒーを持って帰ってきた。

「一年、って早いな」

「そうだね。しかもエドいっつも忙しそうだし」

肩を竦めてコーヒーをすすり、そのまま床を見つめる姿は何とも切なくて。きっとこの一年、淋しい思いもいっぱいさせてきたんだなあ、と今更当たり前のことを思ったり。そういえば、そろそろ出会って一年が経とうとしているな、とか。

「去年の大晦日、俺何してたっけ」

「さあ。その頃はまだエドと関わりなんて無かったし」

「お前は何してた?」

「私は天文台で残業してたと思う。確か同僚と書類と一緒に年越した」

淋しー年越し。そう言って笑う。でもそういう記憶、言い換えれば思い出があることはすごく素敵なことだと思う。

「何かオレさ、毎日がすごいスピードで流れてって、『1日』を意識することって少ないんだよ。だからさ、なまえみたいなささやかな思い出ってあんまないな、って」

何を汲み取ってくれたのか、なまえはいきなり立ち上がり、今日はなんちゃら星が綺麗に見えるんだよと、難しそうな星の名を告げた。見に行こうとせがまれ、ホテルの近くの丘に向かう。星を見るのにはこういう殺風景な所が良いのだと、以前なまえから教えられた。

「例えばさ」

「ん?」

「私にとっては、エドと手を繋いで歩いたこととかもささやかな思い出なの。何月何日何曜日、地球が何回回ったときのことかだなんて覚えてないけどね」

二人が唯一交わっている部分を指差し、微笑む。手を繋ぐとか、別に意識してやってる訳じゃない。今だってそう。けど言われて考えてみると、二人して見た景色とか、会話の断片とか、そういうものは確かに記憶にある。インパクトの強い出来事に混じって、ぼんやりと、時折鮮明な色や匂いと共に。オレが思い出として意識すれば、ささやかな思い出ってものは意外とたくさんあるのかもしれない。ただ、今まで気付いてなかっただけで。

「願わくばエドもそうでありますように、ってね」





星には手が届かぬとも、君になら差し伸べる事が出来る訳で
(淋しい思いいっぱいさせるけど、それでも)
(まだ手を離せそうにはないんだ)




*****
鋼の世界で大晦日っていうのかどうかはスルーの方向で
みなさん、はっぴーにゅーいやあ

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