12月25日、俗に言うクリスマス。こんな日だって俺達に休みはない。まあ大体予想はしてたけど。ただ、いつもよりほんの僅かに練習が早く終わったのは、モモカンのちょっと粋な計らいだったと思う。門のところで待っていたなまえに声を掛けると予想通り、早かったね、とスカートを払いながら笑顔を見せた。 行こうぜ、となまえを引っ張り立ち上がらせ、そのまま歩き出す。繋いだ左手はすごく温かい。その分右手の寒さは増すんだけど。これは幸せな温度差なんだと思ったりして。そしてなまえが本来曲がるべき家路を横目で見送った。 数日前、クリスマスどこへ行きたいかを聞くと、少しも迷うことなく、いつものとこ、と答えたなまえを思い出す。クリスマスに練習がある、なんて彼氏に愛想を尽くすこともなかったし、折角の日に遠出も出来ないことを嘆きもしなかった。 そして俺達の「いつものとこ」に着く。そこは、凝ったイルミネーションでコーティングされた民家。確か12月の始めごろ、たまたまここを見つけてからというもの一緒に見に来ることが恒例になっている。眩い光の粒が俺となまえの瞳を赤とか白とか青とか緑の光で彩る。それは、夜空の黒と同じ色の瞳によく映えて、なんていうか、幻想的。 「やっぱり綺麗だね」 「そーだな」 「孝介、メリークリスマス!」 その言葉に少し、不安が募る。きっと今日をなまえは楽しみにしていた。聞き分けが良いと言ってしまえばそれだけのこと。だけどやっぱり無理してんじゃねえかとか考えてしまう。それは離れていってしまうのが怖いという感覚、なまえが大事だという感覚。ぐるぐる頭の中を巡っていた言葉が口からこぼれる。 「……ほんとにクリスマスなのに特別なとことか連れてってやれなくてごめ、」 「メリークリスマス!おばさんから若い二人にささやかなプレゼント」 俺の言葉を遮って急に話しかけてきたのは、ここの住人であるおばさん。掌にじんわり、熱いくらいの熱が広がる。手渡されたココアの缶とおばさんを交互に見るなまえが視界の隅を掠めた。 「わ、こんなの貰っちゃっていいんですか?」 「そんな高いものじゃないんだからー。いっつも二人で来てくれてるでしょ?おばさん、窓から微笑ましいなあって見てるの」 ほほほ、とマダムの笑い方をするおばさんと戸惑いながら笑うなまえ。それじゃ、あとは若いお二人でごゆっくり、なんて言われて寒さで赤かった頬が更に赤みを増すのが分かった。 タブを引っ張ればプシュリという音を立てて白い湯気。一方なまえは缶を上手く開けられないようで、さっきからカシュカシュという音を立てて苦戦中。俺の開いたココアの缶を渡すとありがとう、と恥ずかしそうに小さく唇を動かした。 イルミネーションを見つめながらココアをすする。その音とか、湯気が当たった部分が冷えていくことだとか、そういうものが二人の間の沈黙を誇張していくような感じがした。今までどうやって話してたっけ? ココアで紛らわされていた不安が俺の息を詰まらせる。 「ココア、温かいしおいしいね」 「おばさん、ナイスだよな」 「……あのね孝介。私、本当に此処に来たかったんだよ。例え孝介の部活が休みだったとしても此処に来たかった。だって私たちにとってここ以上の場所はない、でしょ?だからそんな哀しそうな顔しないで」 ふわり頬に当たった手に覚えたのは、安心。なまえはいつだって、俺の中のごちゃごちゃしたものを上手に消してしまう。その優しさに甘えてはいけないことくらい分かっているんだけれど。 「お前、手ぇ冷たすぎ。そんな手で触んなよー」 「うっわ、孝介ひどい!私良いこと言ったのに」 ほらまた、甘えてしまう。ココアをすすって照れを隠して。無性に何かを伝えたい衝動に襲われた。愛だとか感謝だとか、そういうものを。 「なあなまえ」 「ん?」 「キスしていい?」 言葉じゃ伝わりきらない気がした。触れた手には無かった熱を。唇を、伝えたい。 「あ……私、キスと、か、初めてで!」 「俺も。なまえの初めて、もらっちゃ駄目?」 「だっ……駄目じゃないよ!」 「じゃあ、いい?」 少しの時間的空白。背景はイルミネーション、二人の場所。これ以上のシチュエーションなんてあるんだろうか。 なまえが頷くのを確認し、軽くキスをする。強張った体が何とも可愛い。甘いココアの味。アルコールなんて入ってない筈なのに、酔ったような気分になる。 名残惜しく唇を離せば、今までにない顔の距離で、なまえの顔がみるみる赤に染められていくのが見える。それはちょうど、イルミネーションと同調しているようだった。 イルミネーション・グラデーション ***** メリークリスマス! モスチキンが食べたいです← この話、家の近くのイルミネーション見てからずっと書きたくて、結構時間掛かって書いたのに…なにこの出来 取り敢えず初ちゅーの話が書きたかっただけなんです、ええ、すいません 良いクリスマスを! 091225 |