エドが旅立った日。
私は泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて……声を失った。

エドが帰ってきてくれた日。
私は泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いたけど……声は戻ってはこなかった。

町の人から私の声のことを聞いた時のエドの顔はとても痛々しかった。エドがこの町から出ていくと聞いた時の私の顔もあんな風だったのだろうかと、ふと考える。下を向いてぽつぽつと涙を落とすエドに私がしてあげられたのは、頬を撫でることくらいだった。
その日の夜中は、小さなテーブルに明かりを乗せて、呆れるくらいにお喋りをした。もちろん、鉛筆で紡いだ言葉で。旅先での面白い出来事、軍の人たちのこと、そして数年前、エドがこの町に来た時のこと。エドは楽しそうに話してくれてたけど、からからと声のない笑顔を見ては、かなしそうな顔をした。
朝になり、明かりが要らなくなった頃、そろそろ寝ようかとエドが言った。腕を広げて、こっちに来いよの合図。私は躊躇いもなく、その温もりに包まれることを選んだ。今、隣に居るエドは、会えなかった分を埋めてくれるかのように私を抱きしめてくれている。幸せだなあ、でも、声帯が震えない。幸せだと言葉にすることも出来ない。エドは声に出さなくったってちゃんと伝わるから、と言ってくれたけど、無理してることは私にだって分かった。

数日が過ぎたある日曜日。陽射しがきらきら光ってる午後。ついにエドは、また旅立つと言ってきた。覚悟していたこととはいえ、やっぱり淋しい。素直にその気持ちを書いてみると、ごめん、と眉毛を下げるもんだから、慌てて私は笑う。その日は早めにベッドに入り、おやすみなさいをした。

町の人たちに別れを告げて、駅までの下り坂を二人で歩く。

「今日は泣かないのか?」

エドは数年前の私が声をなくした日と比較しているんだろう。

「今日は泣かないって決めたの。また何か失くしちゃいそうだから」

ノートの切れ端に書かれた文字を見て、また苦しそうな表情をするエド。私はいつの間にか、エドにこの表情をさせるのが上手くなってしまった。なんて嫌な女だろう。
それから二人の間に会話はない。手持ちぶさたな私は、さっきから紙をちぎり続けている。もうすぐ列車も出ちゃう。言わなきゃいけないこと、あるんじゃないの?私。けれどこの微妙な空気は触れることさえ怖かった。
その空気を壊したのはエド。私の肩に顔を埋めて、静かなんだけれど芯のある、悲痛を孕んだ声で、

「お願いだから、もう一度エドって、呼んでくれよ」

と言った。私は思わず泣きそうになるくらい痛くて、かなしくて、苦しくて。声帯に全ての酸素を送り込んで声が出るように祈った。けれど、エドの望んだ音は発っせなかった。顔を上げたエドは、笑っていた。その笑顔が何を押し殺したものなのか、考えるだけで辛かった。
遂にエドは汽車に乗る。出発をせがむ様な汽笛の音。お願い、もうちょっとだけ待って。窓から覗くエドを見つめる。最後の言葉すら見つからない。エドの手が、温かい手が、私の手を包む。

「だから、無理に言葉にしなくていいんだって。分かってるから。それに」

「絶対にまたここに来るから」

その言葉と同時に汽車は発車する。まだ手に残る、あの感触。絶対にまたここに来るから、そんな約束をエドは何回交わしたんだろう。切なさがじんわり染みていった、午前九時。生まれたての朝の空気は、嫌になるくらい爽やかだった。








あんなにも冷たくてやさしい温度を私はそれ以外に知らない。泣きたい、ただの無知ならよかった。ただ掠めるくらいでよかった。泣いてとけてなくなってしまえたらさあよかったんだ。





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素敵すぎてあれもこれもと組み合わせたら、タイトル長なったよ、おかーちゃん…

タイトル、花洩


091117
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テーマ「人外ファンタジー」
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