「あ、黄瀬涼太くん」

今更知らない女の子に名前を知られていることに疑問を抱くことはない。なんて言ってしまうとすごく自意識過剰みたいだけど。ただ、真っ向から目をまっすぐ見つめられ、声を抑えることもなく名前を呼ばれることはそうそうない。「うわ〜黄瀬くんだよ!かっこいい!」なんて黄色いひそひそ声を立てながら、チラチラこっちを見てくる人たちが大部分。

「あの、バスケ部の黄瀬くんだよね?」

「ああうん、そうッスけど」

「突然ごめんなさい。私三組のみょうじなまえって言うんだけど」

「えっと……何か用?」

半ば返ってくる答えに予想を付けつつ、事務的かつ端的に会話を収束に向かわせようと試みる。こうやって直接声を掛けられてメアド教えてくれませんかだの、サインくださいだの言われることだって珍しいことではない。
前者ならば、申し訳ないけどメアド教えるの事務所にNG出されてるんだと言えばいい。後者ならば、書きすぎてもはや価値がないんじゃないかと思われるサインを書いてやればいい。どちらにしろ大切なことは、時間を掛けずに手っ取り早く会話を終わらせてこの場から去ることだ。

「私どうしても言いたいことがあって……」

だから早く本題に移ってくれないか。

「こんなこと黄瀬くんに直接言うのは筋違いだって分かってるんだけど」

分かってるんなら声掛けるな。

「黄瀬くん目当てでバスケ部のマネージャー志望する女の子たちにビシッとそれは違うだろって言ってやってくれない?」

頼まれたことは俺の予想二つを見事に裏切って、というか全く擦りもしないもので、自意識過剰だなぁと久々に恥ずかしくなったりした。
それにしたって彼女の口から出たその言葉の意味が俺には捉えきれないもので、思わず「え?」と眉間に皺を寄せてしまった。それを見た彼女(みょうじさんだったっけか)はごめんなさいと慌てて謝ったあと、更に詳しい話を続けた。
彼女はバスケ部のマネージャーになりたくてこの海常に入学したらしい。小さい頃から彼女の父の影響でバスケの試合を観るのが好きで、特にインターハイを観に行ってからというもの、その舞台に強い憧れを抱くようになったという。自らも小学生の頃からバスケをずっと続け技術を磨いていたものの、中学の時の故障が原因で高校ではもうバスケを続けることが叶わず、せめてマネージャーとしてインターハイの舞台に行きたいと、バスケの強豪校であるこの学校へ入学した。
その入学した先で俺という存在だ。最初は「あの」キセキの世代の一人がいるなんて何たる幸運かと思ったらしい。しかし、そのキセキの世代の一人はバスケが上手い上にモデルもこなしてしまうイケメンだったーーこれ、あくまで客観的な事実ね。俺と近付くことが目当ての女の子たちがマネージャー志望として殺到したため、監督が今年は女子マネを採らないという決断を下したのだ。この決断は俺も勿論知っていたし、監督の判断は至極真っ当だと思った。

「それでさっきの提案ね」

「うん。今年はマネージャーを募集しませんって言われた時は絶望に近い感覚だった」

その彼女の一言に思わず吹き出してしまい、笑い事じゃないと諌められる。

「私本当に本当にインターハイに行きたかったのよ。黄瀬くんとお近付きになりたいっていう女の子たちの気持ちは分からんでもないけどさ、それでバスケ部のマネージャーを志望するって、それって不純じゃない?」

オブラートに包まず核心を言う割に、俺目当ての女の子たちを完全な悪者にはしない言葉選び。
先程からかなり一方的な、言ってしまえば自分勝手な言い分を言われているのにモヤモヤした黒い気持ちにならないのは、こんな風に彼女の言葉の端々に自分勝手だという自覚と、俺やミーハーな女の子たちへの気遣いが伺えるからなんだろう。
素直に気持ちがいい子だな、と思った。

「そんな子もいたんスね。女の子たちにはともかく、まずは監督と部長にそう伝えとくッス」

「ほんとごめんね、こんなわがままで筋違いなこと頼んでしまって。分かってんならまずそんなこと頼むなって話なんだけどさ、私やりきれなくて……ありがとう」

じゃあまた。そう言って背を向けた彼女を見つめながら、滅多に抱かない感情を自分の中に見つけた。このまま別れるのは惜しい、と。
気付けば「待って」と声を掛けていたけれど、振り返ってなに?と言った彼女を見つめながら、特に何か言いたいことがあった訳でもない俺は一瞬口ごもる。
沈黙は金。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。後から思えばこの言葉が最後の警鐘だった。でも、その時の俺は二人の間に流れた気まずい沈黙に耐えられず、口を開いてしまった。

「お、俺が、みょうじさんをインターハイに連れて行くっス」

何か言わなければと焦った俺の脳が弾き出した言葉は、某高校球児が幼馴染に言っていた台詞の二番煎じ。そしてあんなにドラマチックなものではない。どもったし。瞬間、穴があったら入りたくなるくらい顔が熱くなった。

「……野球漫画の名シーン?」

「あ、うん、そう」

「えっと、ごめんなさい。私はチームの一員としてインターハイに行きたいので……」

そう言って暫く気まずそうに笑ったあと踵を返した彼女の背中を見つめながら、俺は必死に、彼女の中でどん底に落ちたであろう俺への印象を少しでも良くする方法を考えていた。とりあえずは、彼女の頼みを叶えることに全力を尽くすことからだ。



HOWLING



*****
ネタを思いついて、そのまま書き上げた話は久しぶりです。
少しゲスい黄瀬くんでした。ゲスい黄瀬くん大好きです。そしてミーハーな女の子に対してはゲスいのに、いざ気になる女の子を前にするとかっこよさを保てなくなったりする黄瀬くんでした。
嫌な雑音がね、キーンとね。ハウっちゃうことってありますよね。

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