昼間に見ているものとはまた違った場所に見える、午後九時の映画館。その場にいる人の数も年齢層もいつもとは違っている。眠れない夜に訪れる公園みたいに、今の時間のこの場所は私をわくわくさせた。もちろん、今の私のこのわくわくした気持ちの原因はそれだけではないのだけれど。
二週間ほど前、マルコさんに「お前の誕生日の日と、その前の晩、予定開けとけよい」と言われ、バイトのシフトも店長に無理を言って融通を利かせてもらったし、誕生日パーティーしようよという友達からの有難いお誘いも申し訳ないが遠慮した。この数日間の私の高揚ぶりを、マルコさんのことだからきっと見抜いてしまっているのだろうなぁ。
マンションの前に愛車で迎えに来てくれたマルコさんは、お高いジーンズにセンスの良いTシャツ。少し肌寒くなってきた夜のことを考えてか、渋いジャケットも着ていた。シンプルなのにすごく格好いいその姿に見惚れながら、こんな遅くからどこに行くの?と尋ねた。にやりと口角を上げているのを見て、もしかしてちょっといい雰囲気のレストランにでも連れて行って明日誕生日を迎える私のお祝いをしてくれるのかな、なんて想像を膨らませた。「映画館行って、前から見たいって言ってた映画をレイトショーで見るぞ」

想像を膨らませる私の横で、マルコさんが現実を教えてくれた。私が見たかった映画を覚えていてくれたんだなとか、本当に見たかった映画だからマルコさんと一緒に見れることが嬉しいな、と思ったので別に雰囲気のいいレストランじゃくてがっかりしたなんてことはなかった。
そして今チケットを買って、入場開始までの時間をその辺にあったソファで適当に過ごしている。話をしていて話題はいろいろなところへ飛んでいくけれど、私が一番気に掛かっている話題にはなかなかならない。私から切り出すのもおかしい気がして、結局うだうだしている内に入場開始のアナウンスがロビーに流れた。少し沈んでしまった気持ちを立て直すためにショップのポップコーンをねだってみたら、マルコさんは「こんな時間に食べたら太るよい」なんて言いながらも買ってくれた。余談だけれど、映画館で売っているポップコーンはなんでこんなに美味しいのだろう。
レイトショー、なおかつ公開してから少し時間が経っていることも手伝って、席はガラガラだった。二人の席の間のホルダーにポップコーンを突っ込み、さっそく一口つまむ。マルコさんも同じように一口つまんでから、喉乾くななんて呟いていたのでカバンの中からペットボトルのお茶を取り出して差し出すと、ナイス、と笑ってくれた。




映画が終わり、私はとても興奮していた。それと言うのも、息をつく暇もないアクションの応酬に最後までドキドキさせられたのに加え、主人公たちのラブロマンスの結末がとても素敵なキスで締められたことに胸が躍っていたのだ。客席が明るくなってから席を立ち、出口で待ち構えていたスタッフさんにポップコーンの空箱を渡す。映画館を後にして車に向かう間も私の興奮は醒めやらず、マルコさんに映画の感想をマシンガンのように浴びせていた。
ピピッ、という遠隔操作の音で車のロックが解除された。

「もう、もうね。あの最後のキスが本当に素敵すぎて! あの二人が今後どうなるかがすごく気になる!」

「なァ」

「ん、なに?」

「誕生日、おめでとう」

夜風が興奮で火照った体を冷ますように、マルコさんの突然の言葉が映画のことでいっぱいになっていた私の頭を覚ました。
運転席でハンドルに腕をかけ、不敵な表情でこちらを見ている。

「お前、映画で頭いっぱいでもう自分の誕生日だってこと忘れてただろい」

まァ、それを狙ってレイトショーに連れ出したんだけどな、って策士の台詞。私は未だ驚きでぽかんとしている。マルコさんの指が指し示す時計に目をやると、00:12の表示。確かに、もう日付は超えてしまっている、私の、誕生日だ。

「サプライズになっただろい?」

「ふ、ふつうに祝ってくれれば十分だったのに」

「こんな演出は嫌だったか?」

「ちが、そういう意味じゃなくて……!」

「ふっ、分かってるよい」

「嬉しいの。なんだろうこれ、胸がいっぱいで言葉にしきれない」

大事にされているってことをこんな大切な日に、こんなに実感させてくれる。
そんな気持ちに応えたい。私のことをこんなにも大事にしてくれる人を、私も目いっぱい大事にしたい。
そういう感情が自分の中で静かに騒ぎ出して、胸が不安なときみたいにざわざわする。こんなに幸せなのに、不思議だ。自分の中の収拾がつかなくなって、手に負えなくて、次に口から出たのは「ありがとうマルコさん」なんていうありきたりな言葉だけだった。
だけど、その言葉にマルコさんもすごく幸せそうな優しい目をしてくれた。そして、あの映画の中で主人公たちが交わしていたような素敵なキスもくれた。主人公たちの周りを回るカメラも何も邪魔をするものはいない。おでこをこつんと合わせて、二人で笑い合う。

「もう家に帰るか? それとも俺の家に来るか?」

「……マルコさんの家に行っていい?」



一緒に温かな朝を迎えたい



*****
友達のみんみんの誕生日をお祝いするために書かせてもらったものです。みんみんのご好意でサイトにも載せることを承諾してもらいました。
久しぶりにマルコさんを書いたので、口調やキャラを思い出しながらの執筆でした。大人なマルコさんの雰囲気が少しでも出ていたらこれ幸い。
レイトショーっていいですよね……

120928 Dear Minmin
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -