ちょお屋上行かへん?と遠山くんが声を掛けてきたのはついさっきのことだ。私は口に運びかけていた卵焼きを箸で摘まんだまま、すごく間抜けな顔でその理由を尋ねた。いつもの遠山くんなら、昼休みは「お友達」たちと楽しくお喋りしているはずなのに。
周りにいた友達たちがニヤニヤしているのが、その顔を見なくても雰囲気で伝わってくる。実際私も満更ではなくて、屋上に誘われたことに少し心を弾ませてしまっていた。

「二人きりになりたいねんもん」

そう屈託のない笑顔で笑い、私の手首を急かすように掴んでくる遠山くん。可愛い笑顔に高い声を上げて、周りにいた友達たちは「遠山くん可愛いなあ。ほら、はよ行ってき」なんて私の背中を押してくる。
けれど、彼女たちは知らない。掴まれた手首にどれだけの力が込められているか。その力の強さに私が一瞬顔をしかめたことも。
さっきまでの嬉々とした気分とは打って変わり、今の私には遠山くんの笑顔が怒っているようにしか見えなくて、ただただ怖くて、友達が引き止めてくれることをひたすら願ったけれどそれは案の定叶わなかった。
廊下を歩くスピードが、無理矢理引っ張られている腕が、遠山くんの不機嫌さを物語っている。屋上へと繋がる古びた階段が不愉快そうな音を立てているななんてことを考えていると、屋上の重い扉を開けて差し込んできた太陽の光に目が眩む。

「なあ、なんで他の男と楽しそうに喋っとったん?」

そんな私のくだらない思考を遮るように、屋上に着いた途端つき離される。手首をちらりと視界に入れると、赤くなっているのが見えた。
そして発せられた怒りの込もった不機嫌な言葉に、私は思わずごめんなさいと謝りたくなった。そのくらいの迫力で、私を追い詰めてくるのだ。
一方、どこか冷静な頭の一部分は、遠山くんの言う「他の男と楽しそうに喋っていた私」を必死に脳内で検索していた。男子と喋ることはもちろんあるけれど、そんなに目につくほど楽しそうに喋っていたことはあっただろうか。いつもみんな平等に、無愛想だと思われないくらいの態度で接しているつもりなのだけれど。
そんな私の不服そうな表情が気に入らなかったのだろう。ますます顔をしかめた遠山くんに壁際まで詰め寄られ、その二本の腕の中に閉じ込められてしまった。こんな状況でもぞくっとしてしまうなんて、不謹慎。
寄せられた顔を直視することなんて出来なくて咄嗟に目を逸らすと、遠山くんがにやりと口角を上げたのが分かった。疚しいことでもあるん?と耳元で囁くなんて、ずるすぎる。びくりと震えた体。また冷たい目で見下ろされる。
いくら脳内を探し回ったって、遠山くんの言うような疚しいことなんて一つも見つからないのに。なんで、なんでそんなこと言うの。いつもいつも、一方通行みたいで、好きすぎて苦しいのは私の方なのに。
ぷつりと神経が切れたみたいな感覚がした。沸々と湧き上がってくる熱いものは、多分怒りと呼ぶにふさわしいそれ。堰が切れてもう止まらない。こちらを睨んでくる二つの目を逆に睨み返した。
もう、我慢できない。

「遠山くんにそんなこと、言われたくないし……」

「は?」

「遠山くん、やって……他の女子と楽しそうに喋っとったり、思わせぶりな態度取ったり、言い寄ってくる子に嬉しそうな顔見せたりしとるやんかっ」

一息で一気に怒りをぶつけてしまおうと思っていたけれどその思惑はうまくいかず、何だか格好悪い怒り方になってしまった。これじゃあ怒っているというより拗ねているみたいじゃないか。
怒りを通り越して悲しくなった心臓がキュッと締まる。涙がぼろぼろと零れてきて、喉から変な嗚咽が出た。私の意思に逆らうそれらは止めることができない。
は?と言った遠山くんは眉間に皺を寄せて、相変わらずこちらを睨んでいた。言葉を紡ぎ終わった瞬間から私は遠山くんの顔を見ることができず、下を向いたままだ。
次に遠山くんはどんな言葉を私に浴びせるのかな。それとも何も言わずに去って行ってしまうのかな。……こんなに最悪な形で、私たちは終わってしまうのかな。
どうなったっていいと思ったはずだったのに、あんな言葉を吐いてしまったのは自業自得なのに、苦しい。苦しい。苦しい。嗚咽が止まらなくて、喉が痛い。
私はまだ一番大切なことを遠山くんに言えていない。けれど、こんなに自分勝手な台詞を言っておいて、その言葉を言う資格なんてあるのだろうか。
気が付けば、地面にたくさんの染みができていた。ぼろぼろと零れ落ち続ける涙を拭おうと手を顔に持っていこうとしたところで、また手首を掴まれた。
今度は痛くない。はっとして遠山くんを見上げて、私は腫れた目を大きく開いた。
遠山くんは、嬉しそうに、笑っていた。

「な、んで、笑っ……」

「そんだけワイのこと好いとってくれたんやなー思て」

向日葵みたいにぱぁっと笑ったあと、あっという間に今度はその二本の腕にぎゅっと抱きしめられた。ばくばくと煩い自分の心臓に気付いた瞬間、反射的に顔が赤くなる。
好きだ、好きだ、好きだ。まだ終わりたくなんかない。
ねえ今耳元にある遠山くんの胸からも私と同じ音がするのは、遠山くんも私と同じ気持ちだからだって自惚れてもいいの?

「いやぁ正直、自分にそこまで好かれとる自信なかってん。ワイの方が絶対一方的に好きなんやろなあって。せやから、いっつもどうやったら自分の気ぃ引けるかばっか考えとった」

頭の上から降ってくる遠山くんの本音、それから温かい雰囲気。

「嬉しいわ!」

そうストレートに言い放った遠山くんの清々しくあどけない笑顔に、私の涙と嗚咽はぴたりと、魔法がかかったように止まった。
宙ぶらりんだった腕を躊躇いながら背中に回し、汗で少ししっとりとしたカッターシャツごしに遠山くんに触れると、指先から熱中症になったみたいにくらくらした。なんて、ただ単にこの暑さに当てられただけかもしれないけど、ちょっとくらいロマンチックに解釈したって罰は当たらないだろう。

「ごめんな」

「なにが?」

「私、言わんでも分かってくれとると思っとった。そのせいで遠山くんを不安にさせてもとってんな。ごめん」

「ワイも、もっと素直に伝えとったらよかったんや。間違えてもたわ」

「終わってまわんくて、よかった……」

「なあ、ちなみにまだちゃんと自分の口から聞いてないんやけど」

「改まって言われると……恥ずかしい」

「ワイを安心させてえな」

ごくりと息を呑む。言わなきゃ伝わらない、分かってもらえない。もうお互いに誤解したまますれ違うのはかなしい。
遠山くんの背中に添えていただけの手に力を込めた。伝われ、伝われ、伝われ、ありったけ。

「……好き」

「うん、ワイも好き、大好きやで」

そうしてお互いの腕を緩めて、赤い顔で見つめあって、ふふっと笑う昼下がりです。



しあわせは手のひらにのらない



*****
お友達のゆいにたくさんのありがとうの気持ちを込めて。
去年の受験の時にゆいの言葉にたくさん元気をもらいました。改めて多大なる感謝を。
最近もね、すごく仲良くしてくれて私はとても幸せです。スカイプやツイッターでお話するのがとてもとても楽しいです。

このお話はゆいとスカイプしてる時に出た「二人きりになった時にかっこよくなる遠山」が書きたかったのですが、かっこよくなり損ねた感が否めない……。あと、前にゆいが書いていたお話みたいなチャラい遠山くんを書きたかったのですよ。このお話の遠山のどこらへんがチャラいの?って感じになってしまいましたけど。
でも書いていてすごく楽しかったです。かっこいい遠山大好きです。

タイトル、√A

120806 Dear Yui

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