これの続き



バレンタインに平子先生にあんなことを言われ、この一ヶ月私がどれだけ頭を悩ませたか。
ホワイトデー楽しみにしとき、なんて期待させるような言葉が何時であろうと、どこであろうと、何をしていようと脳裏に浮かんできて離れない。
だけど素直にその期待に従ってしまえるほどの自信はなくて、自惚れなのではないかという不安だって片時も私の傍を離れてはくれない。

そんなこんなで三月十四日の放課後。鞄にはまだいつもと変わらない無愛想な教科書たちしか入っていない。わざとゆっくり帰る準備をしてみたり、理由もなく椅子から立ったり座ったり。ああ私は平子先生が来るのを待っているんだな。
人はあまりに真剣に思考していると普段していることくらい無意識にできてしまうようで、気付けばあと少しで家に着いてしまうという所にまで来ていた。

「……いつ自転車の鍵取り出したっけ」

ぽつりと呟いたら近所の家で飼われているゴールデンレトリバーが元気な声を上げた。少しびっくりしたけれど、嬉しそうに尻尾を振っている姿が可愛くて柵の前にしゃがんで目線を合わせる。

「平子先生もあなたみたいに分かりやすかったらいいのにね」

そのまま膝に顔を埋めて瞼を下ろす。じわりと滲んでくる涙でスカートが濡れた。
……なんで、他の女の子たちにはお返しあげてたのに、私にはないの。楽しみにしとき、って言ったじゃない。思わせ振りとかひどすぎる。
うっすらと浮かんだ涙を拭い、ばいばい、とゴールデンレトリバーの頭を一撫でし、自転車を押して家に帰る。

終わってしまった(正確にはまだ八時間くらいあるけど)今日一日、このままふてくされても仕方がない。
そう思って社会の復習でもやろうとノートを開く。平子先生も触っであろうノートをそっと撫でる。
また涙が出てきそうになって、お返しをもらえなかったことをまだ完全に割り切れてはいないのだと実感した。
昨日提出した分のノート。いつも押されている平子と書かれたスタンプ。いつもはそのスタンプを見て一人にやにやしたりするのだけど、今日はちょっと事情が違った。
気持ちが沈んでいてにやけるような気分じゃなかったという訳じゃない。
いつものスタンプの下にいつもはない赤い文字が並んでいたからだ。英数字の羅列。アットマーク以下を見ればそれが何かなんて簡単に分かった。

「お前だけにやからな。絶対他の奴にバラすなや」

ぶっきらぼうな走り書きで書かれた文字を見て、これを書いている姿を想像したら、やっぱり今日もにやけさせられてしまった。
とりあえず、悲しい感情は吹き飛んだ。メール作成画面を開いて、まずはちょっと拗ねてみようかと思う。



ハートの膨らむ季節です



*****
平子先生のお返しはメールアドレス。

タイトル、ケセラセラ

110315
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -