@ag


「明日の天気はさァ、雨らしいぜ」

「へえ……じゃあ洗濯部屋干ししなきゃいけないね」

「部屋干しか〜俺あれ嫌いなんだけど」

「私も好きじゃないなあ」

「じめじめするしな」

「そうだね」

「ところでよォ、今日は快晴なんですけどなんでこんなにじめじめしてるんですかね、この空間」

「……そうかな」

気付かれている。
でも、まだ気付かれていないフリを続けたくて、溢れてくるそれを銀さんには見えないようにして着物の袖に吸わせた。

「まったくよ部屋干しってのはよォ、乾きにくいったらありゃしねぇしな」

「そうだね」

「湿っぽい臭いが残るしよ」

「……うん」

「だからよ、そんなんなるまで袖濡らして洗濯物増やすなや」

泣くならこれ使え、と言われ差し出されたポケットティッシュ。ピンクの広告が付いているそれは恐らくそういう店が配っていたものなのだろう。そんなところをウロウロして、あろうことかそこで貰ったティッシュを女に渡してくる無粋さに、不覚にも笑いがこぼれてしまう。
あり得ない、と愚痴を一つ吐いてそれをアリガタク受け取る。街頭で配られていたような安いティッシュだから目元を押さえたら何だかごわごわと違和感がした。

「何かあったんですかー」

「ぐず、っ……銀さんに言うようなことは何にもないよ。大したことじゃ、ないしさ」

「昼間とか、バイト先とか、店長とか、なーんか臭うんですけどォ。部屋干しの臭い並に気になるんですけどォ」

この言い方。
この男、人に聞いてくるくせして何があったかもう既に知ってるんじゃないの。

「……どーせ知ってんでしょもう。誰から聞いたのよ」

「なんでそんな喧嘩腰なんデスカ」

「うるさい。ほっといてよ」

「突っ張んなヨ。同じシフトのおばちゃんが教えてくれたんですぅー。お前隠せてたつもりかもしれねぇけどな、バイト中必死に涙堪えてたってよ」

「……」

「いやーやっぱオバチャンってすげえわ。勘の良さが半端ねえわ。あれだな、どんだけ巧妙にエロ本隠したところで母ちゃんの前では無駄だな、うん」

「……藤原さんなんか言ってた?」

「えらかったよ、ってさ」

「……そんなことない」

「店長にミス押し付けられて理不尽に怒られたのに、耐えてその日の仕事きっちりこなして……涙も堪えてよォ」

そりゃ、えらかったって言葉にふさわしい働きなんじゃねーの。
ぼりぼりと頭を掻きながら言われた言葉に、もう隠すことが出来ないくらいの涙が押さえ込んでいた暗い気持ちを乗せてどっと押し寄せてきた。
バイト先では絶対に泣きたくなかった。泣いたら負けっていうか、怒られたくらいで泣く女だと思われたくなかった。
だけど、私だって何言われてもどれだけ怒られても平気な訳じゃない。我慢して泣かない自分を作ってるんだ。

「銀さんさー、万事屋やってんだけどォ」

「……知ってるよ」

「まーこれがお願いされれば何でもやっちゃうっていうベンリなお仕事でして」

「……」

「今なら特別依頼金も要らねぇらしいぜ」

「……じゃあ、高級フレンチ連れてって」

「お前分かってやってんだろ」

「なにが」

「はァ……お前ね、銀さんの前でくらいちょっとは武装解いて素直な女の子になりなさいヨ」

「そういう女の子見つければいいじゃ、」

そんな可愛くない言葉を言い終える前に銀さんの逞しい腕が私の腕と背中を捕らえて、ほとんど無理やり抱きしめられる。
大きな手に頭を撫でられて、閉じかけていた涙腺が思わずまた綻んだ。もうこの際、泣いてる顔を遠慮なく銀さんの着物に押し付けさせてもらう。先にお節介をやいてきたのは向こうの方だ、文句を言われる筋合いもないはずだ。
と、こんな時にまで強情な言い訳を考えて、それこそ可愛くない。銀さんが文句を言ったりなんてしてはこないことも、こんな時に言い訳が必要じゃないことも、とっくに分かっている。

「バカヤロー。俺お前のそういうとこにスゲー痺れんの、惚れてんの。でも無理しすぎんな。甘える時はちゃんと甘えろ。強くあろうとするのはいいけどよ、強がんな。泣きたかったり愚痴りたかったり、そういう弱さ認めることも大事だと思うぜ銀さんは」

他人の前で弱さ見せらんなくてもせめて銀さんの前でくらい、と言葉を続けながらも私の頭に乗っている手は動きを止めることはない。
そんな優しさに当てられてか、さっきまでの悲しさとは違う、薄紅色の気持ちがぽつぽつと湧いてくる。

「銀さん今日優しすぎ。チョーシ狂う」

「銀さんいつでも優しいですけどー」

「……その優しさに甘えたらうざい?」

「ずっと意地張られてるより10倍マシだわ。つーかいちいちそんな許可申請要りませんよ、っと」

私を抱きしめたまま銀さんがごろんと畳に横になる。多少の羞恥心は残るものの、もうこうなったら吹っ切って甘えてしまえ、と銀さんのふわふわした髪の毛をぐりぐり撫でくり回したり、その広い胸に顔を埋めてみたり、普段の私なら絶対にしないような甘え方をしてみる。こんなんで嫌われないかなぁ、とちょっと不安で、ちらりと銀さんの方を窺ったらそこには予想以上に優しくて穏やかな顔があった。
その顔を見て、これからは銀さんの前で泣いたり、弱音とか愚痴吐いたり、こんな風に甘えたり、そんなことがあってもいいんじゃないかとそんなことを考えた。


Star Lily


*****
Star Lilyは姫百合の英名です。花言葉は、強いから美しい。
可愛い名前、そして芯のある花言葉にキュンとしたのでタイトルに使わせてもらいました。

ぶっきらぼうに優しい銀さんが好きなんですが、自分で書くとふつーに優しい銀さんになってしまいました。
あー銀さんすきだ。

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