東京怖い。東京の女子も怖い。大阪の子とはまた違う感じで怖い。

「関西弁ってかっこいいよね〜」

「そうか?」

「何か喋ってみてよ」

「何かって、何を」

「なんでやねん、とか!」

ただ飲み物を買いに来ただけなのに何故こんな状況になってしまっているのか。標準語でベラベラ喋り掛けてくる女子たちには、正直うんざりする。関西弁喋ってみてよ、とか言われても。今現に喋っとるし。
早くみんなんとこ帰りたい。怖い。

「ねーえ、告白の時って大阪では何て言うの?」

「人それぞれやろ」

語尾が、慣れへんから気持ち悪い。わざと作ったような甘ったるい声も、標準語だと余計に気持ち悪い。

「忍足くんの言い方でいいから言ってみてよ」

何でお前に言わなあかんねん、と喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。付け睫バサバサで上目遣いしてくるグループの中心らしき女の子。気のせいだろうか、さっきより距離が狭まっている。慣れない状況に自然と顔が熱くなる。

「……謙也?」

聞き慣れた声に振り向くと、ここに居るはずもない人物が佇んでいた。
泣きそうな、顔をして。

「ちょ、おま!何で、」

俺の言葉を最後まで聞くことなく、走り出す彼女。頭で考えるより早く、周りに群がっていた女子たちを押し退けてその背中を追っていた。痛ぁい、とかいう声が聞こえてきたが、それに構っている余裕なんてない。



「ちょお待てや!」

という謙也の声が段々近付いてくる。次の瞬間には手首をがっちり捕らえられていて、慣性に逆らった体が大きく揺れた。
こっちはめちゃくちゃ息乱れとんのに涼しい顔しやがって。浪速のスピードスターに足で勝てるわけないやんか、阿呆。

「何でここ居んねん」

真っ当な疑問だろう。何故大阪に居るはずの私が東京に居るのか。

「そんなんも分からんの?」

「……見に来てくれたんか」

「謙也もう三年やん。四天宝寺中として全国大会出れんの最後やん。せや、から」

そこでぶわっと涙が溢れた。何やってんねやろ私。
全国大会は絶対見に行こ思って、必死でバイトして、東京行くお金謙也に内緒でコツコツ貯めて。
わくわくしながらホテル予約したのに。新幹線ん中で謙也の驚いた顔とか想像してニヤニヤしとったのに。この会場にも人に聞きながらやっとの思いで辿り着いたのに。
謙也のテニスしとる姿見んのあんなに楽しみにしとったのに。

「何なんよ……」

「え?」

「何で東京まで来て私泣いとるんよ」

言葉をなくした謙也の困った顔が雰囲気で伝わってくる。
自分よりもずっと可愛い東京の女の子らに囲まれて、あろうことか顔を染めて。それ見た瞬間心ん中過った感情は、嫉妬やなくて苦しみやった。今も、心臓は鷲掴みされたように痛い。



「スマン」

口から滑り出たのは、使い古された謝罪の言葉だった。ありきたりなそれで、目の前の彼女の気持ちが収まるとは思っていない。
こんなに泣いとるとこ初めて見た。握った手首から伝わってくる震え、見んなとばかりに伏せられた顔。不謹慎やけど、めっちゃ可愛いてしゃーない。
改めて離したくない。離れてってほしくない。

「謙也のアホ」

「おん」

「ヘタレ」

「おん」

「デレデレすんなや」

「しとったつもりないんやけど、スマン」

「自分がかっこええこと自覚しろ」

「いやそれただのナルシやん」
「試合いつから?」

「あと三十分くらいしたら始まる」

「みんな謙也が帰ってこんから心配しとんちゃうん」

「かもなぁ」

「はよ行ったげぇな」

「お前置いて行かれへんやろ」

優しくすんな、と俺のシャツにしがみついてしゃっくりを上げる彼女の背中を撫でた。手を払われるかと思ったが、意外にも素直に撫でられている。甘ったるい男に媚びるような声で喋るさっきの女子たちよりよっぽど可愛げあるわ。

「何か飲み物買お」

「……奢りやろ」

「おう」

「こういう時、いちごオレとか言うた方が可愛いんやろな」

「無理せんでええわ」

「じゃあ梅昆布茶」

「……自販機にあるかなぁ」

「無かったらスーパーで買って来い」

「いや俺今から試合やから」

「自慢の俊足やったらちょちょいやろ」

「んな理不尽な!」

顔を上げた彼女がやっと笑った。顔近いし。また赤くなってまうやん。
試合頑張れ、と照れくさそうに言われて、何か色々爆発しそうになった。


ドレミの森から走り抜けた福音


*****
試合終わった後、本当に梅昆布茶買いに行ってればいい。「どこのホテル泊まっとん?女の子が東京で一人とか危ないやろ!」とか言って無理矢理自分たちの泊まっているホテルに泊まらせたらいい。小春あたりに「一緒の部屋に泊まるんやないの?」とか言われて「あああああアホか!」って真っ赤になってればいい。
はい、自己満足な妄想終わります。

タイトル、ケセラセラ

101201
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