とろり、絡まる琥珀色。


「舐めて」
「バカじゃネ?」


──真面目な顔でイカれたことを。
神楽は歪めた表情に怪訝さを惜し気もなくちりばめ冷たく言い放った。
輝く水飴は誘うように艶めき、仄かな甘さを空気に溶かす。甘味の魅力は重々承知、嫌いな筈など無い。……しかし問題はそれが滴る場所にある。


「馬鹿呼ばわりされるようなことはしてねえが」
「指水飴塗れにして変なこと強要してくる奴にそれ以外の何を言えばいいアルカ」


季節が残したしつこい暑さに理由も無く苛つきが募る中沖田の涼しい顔はそれを余計に煽り、神楽は眉間にぐっと皺を寄せた。


「頷いて、口をちいっと開いてくれりゃあ」
「オマエはその口を閉じろ気違いサディスト」


雫が畳に珠を作り、光を含んで輝くのを見た。


「なァ」


べたついた指先が唇をなぞる。不快感に睨み付けた男の眼を捉えたとき、無視を決め込むべきであったと後悔するも遅し。
捕らえられたのは自分だった。


「頼むから」


くち、あけろ。






「ん、く」
「ほら、垂れる……」


甘い、とか、こんなの変だ、とか。当たり前の感覚が麻痺してきたみたいだ。ただ暑くて、熱くて。それしか解らない。


「チャイナ、ぁ」


指先から走る快感に目を細め吐息を零す沖田は、神楽の熱すぎる熱に酔いしれながらその名を呼ぶ。水飴か唾液かも判別出来ないモノが顎を、首筋を、そして沖田の指を伝い流れ、出し入れを繰り返される所為で止まない水音がやけに耳の奥に響く。神楽にはそれが羞恥で仕方なかった。


「も、充分、ダロ?止め……」
「まだ」
「っ、ん」
「は。あった、けー」


苦し気に呼吸を重ねる沖田の口元は微かに歪んでおり、信じられないことに頬にはうっすらと赤みが差している。汗を滲ませこちらを見つめる、今まで知り得なかった沖田の側面。神楽は全身に生温い痺れを感じた。
不可解な自分の感情に驚きこれ以上沖田を見てはいられないと慌てて目を伏せる神楽。しかしそこでまた、嫌でも目に留まる変化に気付いてしまう。咄嗟に指を引き抜こうと手首を掴むも沖田はそれを許してはくれず、遣りどころのない目線に観念し再び沖田を睨む。


「……こんなことで興奮、してるアルカ?ドSの名折れダナ」
「てめーだって相当エロい顔してらァ」
「そんな訳ねーダロ。吐き気を堪えてる顔アル」
「……へェ?」


余裕の無い表情のクセに、腹立たしい程のしたり顔は一向に剥がれない。どうにも癪に障り、未だ口内を占めるその指に僅かな圧を込めて歯を立てた。


「!」


反射的にであろう、手を引き込めた沖田を鼻で嗤い、神楽はぐいと袖口で口元を拭う。


「ざまーみろヨ、変態。」


傍らに寄せられた水飴を掬い取り、掌に引き伸ばす。沖田と同じく水飴に塗れた指を晒しにやりと口端を上げ、神楽は呆然と座り込む沖田の頬にべっとりとそれを塗り付けた。好いように水飴を塗りたくり満足気に息をつき、仕返しは完了とばかりに立ち上がった神楽。その腕に、不快なべたつきが巻き付く。


「……気持ち悪い。放せ」
「こんなにしといてよく言うねィ。悪戯にしちゃあやり過ぎだ」
「オマエのやったことと変わんねーヨ」
「いーや?てめえがあんまり触るから」


甘美な蜜に誘われる、それは道理。


「逆上せちまった」


水飴が模様を描く其処に唇を寄せ、舌を這わす。沖田の行動に動揺を隠しきれない神楽は、抵抗する間も無く導かれ向かい合わせに沖田を跨ぐ。腰を引き寄せられ首筋の乾きかけた轍を舐め取られ、か細く声が洩れ出る。


「……サド通り越して犯罪者に成り下がるつもりアルカ、おまわりサン」
「だったらてめえも犯罪者でさァ、お巡りさんをたぶらかした罪で」
「誰、がっ……」
「万事屋のチャイナさん、が。」


纏められた橙色を解き、隙を突くような口付け。捻じ込む舌は指よりもダイレクトに互いの熱を感じさせてくれる。孕む甘さは水飴か、それとも少女自身のものか。


「……今なら旦那の嗜好が理解出来る気がしまさァ。甘ぇモンも案外悪かねェ」


虚ろな蒼に濡れた桃。欲をそそるこの色を、味わわないで居られることなど出来ようか。
沖田は込み上げる高揚感に喉を鳴らした。


「甘いのがお好みなら私はお呼びじゃないヨおまわりさん。だから解放、するヨロシ」
「嘘はいけねーやお嬢さん。味はもう見ちまったんだ、そんな言葉じゃ逃げられねえよ」
「……そーかヨ」


神楽は諦めたように視界を閉ざす。粗雑に押し倒されぶつけた背中に走る衝撃が意識を満たす前に、肩口に食い込む鋭い痛みが支配を奪い取った。


──あ、たべられる。


「溶けるまでに愛してやらァ、神楽」





2012.2.27