いくら普通と境遇が違えど俺が健全な十代男子であることに変わりはない訳で、色事に興味が湧いてしまうのも当然。しかし今までどうにもそうはならなくて、姉上以外の女は皆思考するに値しない存在だった。



「っ、あ」



──別にそんな行為を意識していたのではない、ただの喧嘩の延長線。組み伏せた背中を見下ろせば、視界に映る曝け出された白い脚。冗談半分で撫で上げたその刹那、聞こえたのは桃色の嬌声。

まるで最中の喘ぎ。吐息混じりのそれは妙に艶めかしかった。


「退け、ヨっ……」


生意気なゴリラの筈のソイツが女だったという事実。知ってはいたが実際に認識したのは今が初めてかもしれない。


──欲しい、と思った。



「っオイ……!?」


抱き上げた身体は驚く程に軽い。細いクセに柔らかくて、俺の欲求はますます掻き立てられる。いつも酢昆布ばかり食べているのに、暴れる度に香るは甘ったるい芳香。どことなくあの銀髪を連想させるそれに軽く苛立ちを覚え、チャイナに巻き付けた腕の力を強めた。



******




「……オマエ、何考えてるネ」


灯りも点けずに閉めきった自室。橙色を畳にそのまま押し倒せば、暗がりの中それと同調するように低く唸る声。その問いに、首を傾げずには居られない。

何・なんて、ここまで来て解らないことも有るまい。



「セックスしたい」



もっとマシな言い方があっただろうか。……いや、この発言自体まともじゃないんだからそんな気遣いは不要か。それに、回りくどいのは好きじゃない。

チャイナの反応といえば、心底嫌そうに顔を歪め……、かと思いきやなんとも不思議な表情をしていた。

怒ったような、でも何処か悲しげな、一度も見たことの無いカオ。


「何、嫌なんで?」
「……溜まってるだけならそこら辺で女引っ掛けるか遊廓で買うかすればどうアルか。私をそんな下卑た目で見んじゃねーヨ」
「…………」


そうだ、何故わざわざチャイナのような餓鬼で凶暴な奴を相手に選ぶ必要があるのだろう。そう思うと同時に、他の女を抱くなんて考えただけでも気分が悪い、素直にそう感じた。


「てめえが良い」
「なんでアルか」
「理由なんて無ェけど」


実際、自分でもよく解らない。
ゴリラでも顔だけは良いからか?
……なんか、違ェ。


「……散々“貧相な身体”とか言っといて調子良い奴アルな、ポリゴン」
「ポリゴンじゃねえ」
「ふん。オマエが最低なことには変わりないアル」


ゆらゆら揺れる瞳の奥、チャイナの沈んだ感情は更に色濃くなる。
暗く、暗く、温度を失っていく。


「……それ、止めろ」
「ハ?」
「その泣きそうな面。見たくねェ」


いつも無駄に笑顔ばっかのクセに、俺にはそんなの見せやしない。旦那や眼鏡やデカ犬、当たり前にそれを向けられる連中に、

──俺が、どれだけ。



「……こんな顔にさせてんのは誰ダヨ」
「俺?」
「しか居ねーダロ、ばーか」


とうとう溢れ出した涙。
頬を伝うそれを、ぺろりと舐めてみた。……しょっぺぇ。


「なんで泣くんでィ」
「オマエに穢されるのかと思うと情けなくてナ」
「そんなに嫌?」
「……嫌に決まってるネ」



──どうかしてる。
泣き顔が可愛い、なんて思ったり。

……拒絶されたことに、傷付いたり。



「嫌っつっても止めねえけど」
「死ねヨ」
「無理、でさ」


黙らせたくて、毒を吐くそのクチに噛み付いた。
甘い。
甘い。
甘い。

──意識を、奪われる。


「っ……」


貪るような口付けの隙間、漏れる嗚咽は未だ俺を拒む。わざと音を立て離したそれは銀糸を繋ぎ、濡れた唇は名残惜しそうに輝いている。


「……テメェがこんなに極上だったとはなァ。勿体無ェことしてた」


誘うように照る唇をもう一度味わおうと顔を寄せたとき、小さな手によってそれは遮られた。


「んでィ、邪魔すんじゃ……」
「無いのに」


微かに震えてはいるが、鋭利な声だった。蔑むように、咎めるように、俺を責める、声。



「気持ちも無いのにこんなこと、オマエ、残酷ヨ……」



理由なんて無い。
そんなの、嘘だろう?



「……いつ」



もうずっと前から気付いてた筈だ。
無意識に大人振ってる俺が、コイツの前じゃあただのクソ餓鬼に成り下がる。


「気持ちが無ェなんて、言った」


──その瞬間が心地好いと思える自分が、嫌いじゃない。



「……好きだ」



いつの間にか入り込んで来やがったんだ。
姉上とも、他の女とも違うカテゴリに存在していたコイツ。



「好きだ、てめえが」



心臓が痛い。
全身が熱い。
これをなんと呼ぶかなんて、解らない程無知じゃない。


「身体繋ぐのが目的じゃねえ。俺は」


矛盾してると思われるかもしれない。俺だって急すぎて付いていけてねえのは判ってる。それでも、



「てめえ自身が、欲しい」



抑えられない衝動に抗う気なんて無い。コイツの前じゃあ餓鬼で居られる。餓鬼は我慢なんて知らねえんだ。



「……オマエ、ほんっとに最悪アル」
「そりゃあすいやせんねィ?餓鬼なモンで」








──伝わったかどうか?

この紅い顔を見りゃ一目瞭然だろ。