心臓の音が馬鹿みたいに煩い。ドクンドクンと、激しい動悸が妙の鼓膜を侵食してくる。
別に、今日が初めて、というわけでもないのに。
相変わらず余裕がないと、妙は我ながら情けない思いになる。伏せていた瞼に唇が押し当てられる感覚。そのくすぐったさに思わず身じろぎする。目を瞑っている所為か、感覚が鋭敏になっているのかも知れない。
妙の瞼に下りた唇はそのまま頬、顎、首筋をするすると緩やかになぞる。生温かさを引き連れた息によって、いつもの自分のそれとは全く違う声が鼻から漏れた。

瞼を伏せて、顔を銀時から背けている理由は明らかだ。今の自分の顔がどんな風になっているかを、妙には容易に想像できている。
しかし首筋のあたりを覆う猫っ毛のむず痒さに遂に堪え切れなくなって、妙は顔を持ち上げた。
電気を消した、反転した自分の部屋の天井が見える。それを背にした銀時が、妙の視界に入る。妙に気付いた銀時が、いつもと何ら変わらない顔をしてこちらを覗きこんだ。
なんだか、私だけが余裕がないみたい。
眉一つ動かさずに妙を見据えてくる銀時に、そうやって悔しい思いをするのはいつものことだ。一度や二度の口付けで息が上がる自分とは違って、彼はいつだって余裕なのだ。

「おー、顔真っ赤」
「っ!」

可愛い、と。愉しげに喉をくくっと鳴らす銀時が、そんなこと言う。おそらく無意識に呟かれただろうその一言が、妙の心にどれくらいのダメージを与えるかを彼は気付いていないに違いない。可愛いなんて言葉、こんな場面でなければ滅多に言わない銀時が妙は恨めしかった。
キッと強く睨み上げてやる。おお怖ェと銀時はおどけてみせるけれど、ちっとも怖がっている様子はない。ふざけた様子にしているのは声色だけで、瞳の中は今も強い情欲のこもった色をギラギラと揺らめかせているのを妙は知っていた。

「いい加減、お前も慣れればいいのに」
「・・・慣れるわけないじゃない」

貴方じゃあるまいし。細めた両目で彼を見つめて毒づくと、にやりと唇を三日月形に歪めた銀時が笑う。ああ、嫉妬してんのな。
違います、と否定する前に唇を押しつけられてしまえば、言葉は行方を失った。口内に入り込む生ぬるい舌の感触にも、いつまでも慣れる気がしない。
縋るように回した腕で、妙はジャケット越しの銀時の肩甲骨に触れた。ゴツゴツと硬い、確かにそれは男のひとのものだった。

「まあ、俺としては、」

唇が離される。妙の頭の横に手をついた銀時が、じいと妙を見つめてくる。再び可愛いなどと言われてはたまらないので、なんとか目を背けずに妙は見つめ返してやった。

「俺としては・・・、なんです?」
「お前はいつまでも慣れないでいてくれたほうが、いいと思うけど」

そっちの方が燃える、などと、妙の検討違いのことを銀時が言う。
燃えるって。一体なにが燃えるって言うんですか。
そんな馬鹿げた疑問は妙の舌の上にわだかまって、聞くタイミングを見失った。
鎖骨を舐められる。乾いた唾液のあとがひやりと冷えて肌が粟立った。肌蹴た着物の袂に手を入れられるのを感じ、少しだけ抵抗の意志を見せればすぐさま腕はやんわりとつかまれて布団に縫いとめられてしまった。
昼間ならいくらでも殴らせてくれるのに。
きっと自分は、夜のこの人にはいつまでも勝てないのだろう。掴まれた手首にうまれる熱を共有しながら、妙はそんなことを考えている。



愛に慣れず
111009

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