好きです。そう言った後の宮地先輩の顔は覚えていない。というか見ていない。振られるのを覚悟しての告白だった。でも、あの綺麗な唇から否定の言葉が出る瞬間も、あの綺麗な声が俺を拒絶する声も聞きたくなかった。だから走った、ひたすら走った。何も、何も考えたくなかったから。今思えばきっちり振られておけばよかったとも思う。でも振られたからといって割り切れるような想いでもなかった。それに振られても逃げ出していてもきっと宮地先輩を思う気持ちは変わらないだろう。

「あれから二年かー。」
宮地先輩がこの学校を去って二年。俺は高校三年生になった。そして今、高校生活が終わろうとしている。卒業だなんて考えたこともなかったし、これが最後だなんて全く実感がない。でも、もうこの体育館でバスケが出来ないのも、綺麗な緑色の髪のエース様とチームメイトとしてバスケが出来なくなるのも事実だ。真ちゃんは国公立の大学に行くことが決まっているし、俺は近くの私立大学に行くことが決まっている。多分、宮地先輩が行っている大学だ。未練がありまくりなのは自分でも分かっている。でも宮地先輩が見れないのは辛かった。先輩がこの学校を去ってからの二年間、心の何処かで先輩を探している自分が居た。体育館にいても先輩の声がしないということに酷く寂しくなったのも覚えている。告白の返事すら貰えない俺が一緒の大学に行くなんて図々しいがこれだけは譲れなかった。

「大学入ったら髪染めようかな。」
俺の真っ黒な髪を蜂蜜色に染めれば貴方は振り向いてくれますか、そんな馬鹿げたことを考えた。そんなことを言ったら真ちゃんに冷たい目で見られるだろうな。

そんなことを考えながら体育館へと足を進める。誰かと約束をしているわけではない。でも足が勝手に進む。宮地先輩に振られた場所、この三年間で一番思い出深い場所へ。

卒業式の片付けはもう終わったようで体育館の中は静まり返っている。卒業式だからという理由でどの部活も休みの筈だ。休みだからこその静けは、五月蝿い体育館に慣れ親しんだ俺からすれば変な違和感がある。でも何故か落ち着く、此処はそんな場所だった。さっきまではシートに覆われていて見えなかった茶色の床が見える。キュッキュッと聞き慣れた音をたてながら歩く。そして丁度真ん中だろう位置に座りバスケットゴールを見ながら三年間を思い出す。笑って、泣いて、怒って、喜んで。WCで負けたときに流した涙も、練習試合とはいえ誠凜に勝って馬鹿みたいにはしゃいだことも、真ちゃんが怪我をしてお前一人の身体じゃねぇんだ、って怒ったことも。つい最近のことのように思い出せる。此処で過ごした時間が全部、全部、大事な、大切な思い出だ。

色んな出来事が頭を過ぎる中、最後に思い出すのは宮地先輩だった。轢くぞって不気味に笑う顔も、悔しそうに綺麗な顔を歪める姿も、有難うって優しい声で頭を撫でる優しい手も。全部この場所だった。この場所がなかったら俺らは出会わなかった、この場所が如何に大切かというのは言葉じゃ絶対に表せないぐらいで濃いものになっていた。

「幸せ、だったなあ…。」
本当に、幸せだった。吐くほど辛い練習だったけど、俺はバスケ部に入って良かったと心から思う。

隣に置いている自分の鞄の中を漁る。そして中からオレンジ色のユニフォームを取り出して眺めてみる、それからそっと抱きしめる。そのユニフォームの背中に書いてある番号は8番だ。

宮地先輩が卒業してからはどうしても練習が身に入らなかった。先輩の轢くぞって声が聞こえなくて、俺がぼーっとしていたら何してんだって怒鳴り散らす声も、いつの間にか体育館に響くバッシュと床の擦れる音だけが響いていた。でも監督に貰った新しいユニフォームのお陰で我を取り戻した。貰ったユニフォームの背中には慣れ親しんだ10番ではなく、宮地先輩が背中に背負っていた8番だった。俺はあの先輩みたいになれるだろうか、それにこれを受け取るということは宮地先輩がバスケ部にいないことを認めることになる。なかなか受け取らない俺を見てその場にいた監督も真ちゃんも不思議な顔をしていたのを覚えている。もしこの番号が嫌だと言って変えてもらえたとしたらこの番号は他の奴の番号になる。この番号を他の奴にやったときを考えたら胸が苦しくなった。そんな思いをするなら俺が受け取ってやろう。それで、先輩が出来なかった全国一位を先輩の番号でやってやろう、その時にそう決めた。

「幸せ過ぎて、怖いぐらい」
そう、俺は欲張りすぎた。この学校にいれただけで幸せだった筈なのに、皆でバスケをして、皆と笑いあって。宮地先輩に出会えて。それだけで幸せだった筈なのに。宮地先輩と笑い合いたい、宮地先輩とキスがしたい、宮地先輩を抱きしめたい。我が儘がついつい口から出てしまいそうになる。会いたい、会いたいよ、宮地先輩。バスケ部を引退した今、考えるのは宮地先輩のことばっかりだった。

「宮地、先輩。」
居る筈のない名前を呼ぶ。幻覚でも何でもいい。先輩の声が聞きたかった。先輩の名前が呼びたかった。

「何だよ。」
ふと頭から声が聞こえた気がした。俺はついに幻聴まで聞こえるようになったのか。宮地先輩が愛しすぎるあまり、真ちゃんの声が宮地先輩に聞こえた可能性もある。ゆっくりと顔を上にあげれば好きで好きで仕方がない、蜂蜜色の髪がが目に入った。

「好きって言って逃げるのは流石にねぇぞ。」
苦笑いを浮かべる宮地先輩、俺は今だに夢なんじゃないかと思っている。二年間一度も顔を見せてくれなかった先輩が今、目の前にいる。愛しくて、愛しくて仕方がない先輩が目の前にいる。そう考えると何故か宮地先輩を抱きしめていた。

「宮地先輩がいないの辛かったっす、先輩がいない体育館でバスケしたら涙が出て止まらなかった、先輩の背番号は俺が受け継いだんです、でも先輩がいないって認めることだ、って考えると悲しくなったんす、ねぇ、先輩。」
好き、愛してる、この一言が出なかった、もし言ったとしてどうなる、俺は答えすらもらえずに振られた身だぞ、唇をぐっと噛み涙を堪える。そして先輩を強く抱きしめた。言わなくても伝わればいい、そう思った俺の願いが通じたのか俺の背中に宮地先輩の手が回った。

「好きだ。」
何処か甘く、そして酷く優しい、そんな声が頭から降ってきた。何て言ったの、宮地先輩。そう聞き返したかった。でもそれが勘違いだった時に傷つくのは俺だ。だから敢えて聞き直さなかった。好きだと聞こえた自分の都合のいい耳を信じたかった。

「信じてねぇな、まあ、仕方ないか。」
今日の宮地先輩は柄にもなく優しいっすね。そう言ったら機嫌を悪くするだろうか。でも今はそんな事よりも伝えたいことがあった、都合のいい耳が聞き間違いを起こしてるうちに。

「先輩、好きです。ずっと、ずっと、好きです。」
俺を抱きしめる先輩の腕が強くなった。嗚呼、夢じゃないんだ、と少し苦しくなったことでやっと分かった。先輩に気付かれないように自分の手をつねった、やっぱり痛かった。

「夢じゃないんすね。」

「夢じゃねぇよ、俺は高尾が好きだ。」

夢じゃない。なんどもそう繰り返す宮地先輩に抱き着く。このまま溶けてしまいたい、そう思った。



後から聞いた話によると宮地先輩は俺から告白されたときに好きだと伝えるつもりだったらしい。でも俺が逃げた瞬間に何かの罰ゲームだったんだろうと思ったらしい。それに腹がたったらしく連絡をしてくれなかったらしい。先輩が引退してから真ちゃんからのメールで高尾が本気だったこととぼーっとしていることが多いことを聞き、監督に俺を8番にするように頼み込んだらしい。なんだかんだで擦れ違いの連続だった。でも今はこれでいいかな、とも思っている。


「好きっすよ、清志さん。」

「俺は愛してるぜ、和成。」



2013/02/05


acacia/純愛
title from ごめんねママ様
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