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進行夢 第2話

真理は、一応客である義隆も待たずに先にコーヒーカップに口を付けていた。

「俺はどちらかと言うと、アイスの方が好きなんだがなー」
そう言いながら義隆は、熱々のコーヒーが入ったカップの前に座る。
「急に人の家に押し掛けてきて何言ってんですか。じゃあ飲まなくていいですよ」
真理に冷たく返され、下唇を突き出しながら胡座をかく義隆。
「どうしてもアイスがいいなら、自分で氷を取って来てください」
「もう立つの面倒だから良いわ」
「だから太るんですよ」
真理の言葉にショックを受けたような顔をした義隆は、慌てて反論した。
「俺は太ってないぞ!? これは日々の鍛練で築き上げた見事な筋肉だ!」
「暑苦しいから良いですよ、見せようとしなくて。……それにしても、そんなにハードなものなんですか、警察って」
「いや、これは完全に俺の趣味だな。筋肉付けないと警察やっていられない、なんて事になったら大変だろう」
真理は、筋骨隆々な人だらけの警察所を思い浮かべようとして止めておいた。

「……お前今、俺の事を馬鹿にしただろう」
「いえ、ただ、この人は何がしたいんだろうか、と思っただけです」
真理はそう言いながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「それを馬鹿にしていると言うのを知らんのか」
「知りませんでした」
真顔で言う真理に、義隆はつまらなそうに肩を落とした。

義隆は、警察で警部として働いている。
部署は、殺人関係。
しかし、仕事でそのような物に慣れてしまうとは言え、身内の死に楽観的になれる訳でもなかった。
さっき仏壇の前に座ったせいか、姉と姪の死の事ばかり頭に浮かんできてしまう。
ネガティブなのは自分の悪い癖だ。
自分よりも明らかに辛い思いをしているであろう真理の前では出来るだけ明るく振る舞っているつもりだが、それでもやはり、彼の置かれている状況を考えるとどんどん気が滅入る。

佳奈恵が死んで、もう12年。
真紀が死んで、6年になる。
しかし、真理の中ではまだ何も終わっていない。
あの《夢》を見続ける限り、終わらない。

真理を、数少ない肉親を救いたいとは思うが、どうすれば良いのだろうか。
どうすれば、真理が《進行夢》を見ずに済むようになるのか。
義隆には分からず、それが苦しかった。

「─義隆さん。」
真理の声が聞こえ、義隆ははっと顔を上げた。
「あ、なんだ?」
「別になんでもないですけど……」
真理は小さく溜め息をつきながら、続けた。
「また、母さんや姉の事を考えていたんですか」
「─え」
義隆が驚き固まると、真理はカップを両の手の中で弄びながら言った。
「義隆さんがあの二人の事を考えてる時って、なんとなく分かるんですよね。─眉間に皺寄ってるし」
自分の眉間をとんとんと示す真理を見て、義隆は瞳を伏せた。

真理は気にせず、またカップを弄びながら続けた。
「姉は6年も前に死にました。もう全て終わって、丸く収まったじゃないですか」
「───っ、」
義隆は顔を上げ、抗議しようとしたが止めた。

終わってない。
そんなことは、真理自身が一番分かっている筈だ。
“あの日”から、眠る度に見る《夢》。
それのせいで精神的に休まる居場所を確保出来ない真理。
心の安定を保ち、かつ健康状態を維持する為に辿り着いたのが、二日に一度、たった3、4時間の睡眠だった。
よくそれで今まで元気にやって来れたと思う。
元々真理は、そこまで寝なくても大丈夫なタイプの人間ではあったが、それでもこの生活スタイルに慣れるのにはかなり苦労したのではないか。
真理が弱音を吐く事はまず無いと言って良い程であったので、詳しい事は定かではないが、それでも彼からは、辛そうな毎日が滲み出て見えるようであった。

真理の気丈な振る舞いは、義隆を安心させると共に、心配も増幅させていったのだ。

「─そうだな、もう6年前の話だからな……」
顔を上げた義隆は、ぎこちない笑顔を浮かべながら言った後、カップに残っていたコーヒーを一気に煽った。
そして立ち上がると、真理に言った。
「じゃあ、そろそろ帰るな。明日も早いからな」
「そうですか。仕事頑張って下さいね」
真理は言いながら立ち上がり、義隆に付いて玄関まで送りに出た。

義隆は玄関の扉を開けて外に出ると、そのままくるりと真理に向き直った。
そして、口を開く。
「話ならいつでも聞いてやるから、なんかあったら言え」
「聞くだけですか。そういうのって普通、『自分に出来ることならなんでもやってやる』って言うものじゃないんですか」
真理が呆れたように言い、義隆はわざと胸を張った。
「自分に出来ることでも、やりたくない事だってあるからな。内容にもよるな」
「そうですね、覚えておきます」
真理は今日やっと初めて、苦笑であったが、笑顔を見せて頷いた。





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