Dream novel*short



届かぬもの

手は届いているのか。いつも不安にさせられる。
でも、それだから見えるのだろうか─魅力的に。



「○○(名前)。今帰りか?」
部活帰りの道で、一人の女子の後ろ姿を見付けた俺は、彼女に声をかけた。
○○は、こちらに気付いていたかのように笑みを浮かべながら振り向いた。
「─うん。白石も部活終わったの?」
「ああ。今日は調子良かったで〜!」
「うん、そうだったみたいだね」
「見てたんかい!」

○○は半年前、東京からこの大阪に引っ越して来た。
彼女は強い人だった。
馴れない所でも弱音一つ吐かず、微笑んでさえ見せる。

でもそんな彼女は、人との接し方が少し不自然だった。
誰とでも仲良くするのに、誰とも仲良くしようとしない。
どういうことかと言うと、彼女は、
向こうが話し掛けて来たら拒みはせず、むしろ愛想良く答える。
しかし、まるで一人を好むかのように、友達に自ら歩み寄ろうとはしない。
俺にはそれが興味深くて仕方無く、彼女を見るには充分過ぎる理由だった。
暇があると、斜め前の席に座る彼女の背中を眺めていた。


そして。
やがて、俺は彼女に話し掛けていた。
最初は他愛のない、短くて会話とも言えないような会話。
それから毎日のように話し掛け、今に至る。
今では彼女も、自然に俺と話してくれるようになった。
俺が話し掛けると、他の人と話している時よりは楽しそうに笑って、話してくれる。

─でも。
やはり、○○からは話し掛けてくれない。
自分から近付いて来てはくれないのだ。
─もしかしたら、俺が話し掛けてくるのは彼女にとって、迷惑なのではないか?
ふと、不安になる。
触れられそうな程近くにいる筈なのに、声も届かない程遠くにいるような感覚。

彼女が、他人と意識的に関わろうとしていない事は分かっていた。
分かっていたのに、その笑顔に虜になってしまった。
もっと見たい。もっと。
そう思う度に、
『まだ向こうから話し掛けて来てくれた事も無いのに、それ以上を求めてどうする?』
と、自分を静止する声も聴こえてくる。
そして必ず、思う。
『それでも○○が、好きだ。』と。

「─せや、○○」
○○の隣を歩き、肩の下で揺れる彼女の綺麗な髪を眺めながら、俺は言った。
「ん?何?」
「ええ加減、その他人行儀な呼び方止めへん?」
「他人行儀?呼び方?」
「自分、“白石”ゆーとるやん。もう半年経つし、ええ加減格上げせえへん?」
すると、○○はすっと一瞬空を仰いだ。
その一瞬しか見えなかったが、彼女の表情はどこか強張り、困ったような悲しそうな顔に見えた。
「─○、」
言いかけて、止まった。
○○がこちらに、今にも泣き出しそうな笑みを向けていたからだ。
「○○……?」
俺が怪訝顔で名前を呼ぶと、○○は我に返ったかのようにはっとして、直ぐにいつもの笑顔に戻った。
「あははっ、白石って呼び慣れちゃったし、今さら変えるのもなぁ」
「、そ……そうか」
○○が笑いながら言うので、俺も笑って頷くしかなかった。
「うん。─じゃあ、ここで。バイバイ、白石」
○○はそう言って、笑顔のまま曲がり角を曲がって行った。


夜。
宿題を片付けていると、携帯が鳴った。
「はい、もしもし」
電話番号も確認せずに出ると、
『もしもし、白石?』
聞き覚えのある声が聴こえた。
「なんや、○○か? どないしたん。電話なんて珍しいな」

彼女に話し掛けるようになり、ほぼ強制的にメアドと電話番号を交換した。
しかし、なんだかんだで今まで、必要以上のメールはしてこなかった。
電話なんて、一度もした事がなかったと記憶している。
それを急に───

「何かあったん?」
聞いてみると、少し照れたような笑い声と共に、○○は言った。
『ちょっと、ね。白石の声が聞きたくて』
「なんや、そんな事か。そんなら、いくらでも聴いててええで」
俺は、冗談混じりで言ったつもりだった。
しかし。
『─うん。ありがとう。』
○○は、電話の向こうで確りと頷く姿が思い浮かぶ程にはっきり言った。

─声が聞きたくなったなんて、好きな人じゃないと思わないのではないか?
─脈はあるのではないか?
─彼女も、少しは自分の事を・・・・・・

そんな甘い期待が胸に広がると同時に、何かいつもと違うという違和感も感じていた。
─彼女の様子がおかしい気がする。
─どうしたのだろう。
─聞いても良い話題なのか。─言いたくないのでは?
不安が、ベタベタと付き纏う。

『───白石。』
「─えっ、なんやっ?」
○○の声でふと我に返り、聞き返す。
○○は一息ついた後、言った。
『いつもさ、わざわざ私に話し掛けて来てくれてありがとう』
「─え?」
『私が自分から他人と関わろうとしないの分かってて、私に構ってくれたんでしょ?』
「───えっと、」
なんと答えれば良いのか分からなくて口籠っていると、○○はくすっと笑って続けた。
『─私から話し掛ける事はしなかったけど……でも、白石が声を掛けてくれるのは凄く嬉しかった』
「俺が話し掛けるのが?」
『うん。学校に行く度に、いつ、白石は話し掛けてくれるかな……って。いつの間にか楽しみになってて』

○○のその楽しそうな声を聴いて、胸が熱くなった。
自分が毎日話し掛けていたのは、迷惑どころか、楽しみになってくれていたのか。
自分だけじゃないのかもしれない。
手だって、もう少し伸ばせば簡単に届くのかもしれない。
自分の想いを伝えるなら今か。
今なら、言える。

そう思い、俺は渇いた口を開いた。
「○○。俺実は、○○の事が──『転校するの』……え?」
決心して言いかけた告白を、思いがけない言葉で遮られ、俺は間抜けな声を出した。
「─え?今……なんて……」
『私、明日転校するの』
「……は……?」
聞き返す事しか出来ない。理解が出来ない。
『元々、半年前にこの大阪に来た時から決まってたの』
○○は、淡々と語った。

半年前、父親の仕事の都合で、東京から大阪に引っ越しになった事。
大阪での仕事は、早ければ半年で終わる事。
そしてその仕事が終わったら、今度は九州に行って、そこで本格的な仕事をする事。
○○はそれに付いて行く為、これからは九州に住む事。
それらの話は、東京から大阪に引っ越す時点で決まっていた事。
───そして、その九州に引っ越す日というのが、明日だという事。

『─どうせ大阪は半年で離れちゃうんだし、ここで仲良い友達を作っても、別れが辛いだけだと思って』
○○は、自嘲気味にそう括った。
「─せやから、自分からは他人に話し掛けようとはせんかったのか」
『うん。あまり波風は立てたくなかったから、声を掛けられたら普通に答えたけどね』
「それで、半年乗り切ろうと」
俺が言うと、電話の向こうで、溜め息のような笑い声が聴こえてきた。
『なのに、白石が話し掛けて来ちゃった』
「─俺が?」
『仲良くなり過ぎないように自分からは近付かないようにしたけど……それも無駄だったね』
「……あえて名字で呼んでたのもそういう事か」
『うん。─でも気が付いたら、引っ越すのが辛いと思う程の理由になってた』
「───っ、」

辛いと思わせられる程に、自分は彼女の中に居られたのか。
そう思うと、唇が震え、言葉にならなかった。

『─なんで、優しくしてくれちゃったの。白石のアホ』
ふざけたように、でもどこか本気のような調子で、○○が言う。

俺達はまだ子どもで無力で、両親が引っ越すと言ったら、それに従うしかない。


明日。
彼女は、ここからいなくなる。
もう、会えないだろう。
悲しみや寂しさよりももっと冷静に、気持ちを伝えたいと思えた。

やっと手が届くかと思ったが、また遠くなってしまった。
この恋は、元々届かないものだったのかもしれない。
それでも、言いたかった。

「アホは自分や。好きだから優しくしたに決まっとるやろ」

『────、』

一瞬静かになった後、震える声が聞こえた。

『─半年間、たくさんありがとう』

「……ああ。気ぃ付けて行きや」

これで良い。
生まれて初めての、心からの告白は、届いたのかも分からず霧散した。
でも、これで良かったのだろう。

そう思い、携帯電話を耳から離し、電話を切ろうとした時───


『─私も……だよ……蔵ノ介……』


「────っ」

思わず、電話を切ってしまった。

そして携帯電話を離せないまま、頬を伝う雫を感じていた。

─手は、届いていたのか。
指先だけでも、届いていたのかもしれない。

頬を伝った雫は、通話記録を表示した携帯の画面に次々と落ちていった。


別れの最後に
(一瞬だけ)(触れた)(指は、)





短編とか言って結構長い作品。
まあ、長いのが俺の作品の特徴なので←
なんか悲しい系とか悲恋系とか多いな、俺の話……



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