Dream novel*short



笑顔の涙

笑顔も涙も、全て、君が教えてくれた───



「せーいち!今、テニス部の人達と擦れ違ったよ」
ひょっこりと病室に顔を出しながら言ったのは、幼馴染みである○○(名前)だった。
「ああ、さっきまで見舞いに来てくれてたんだ」
俺は、笑顔を作り言った。

正直、笑ってなどいたくなかった。
しかし、毎日自分を心配して見舞いに来てくれる人の為に、笑っていた。
いつも作り物の笑顔を浮かべているうちに、それが自然になっていくから不思議だ。
今では、何も考えずに笑顔を作れるようになった。
病を患ってから、身体だけでなく、自分の表情や感情までもが自分のもので無くなったような気がする。

「みんな、関東の決勝まで無事に駒を進めたみたいだよ」
「おおっ!次、青学?に勝ったら、無敗で関東制覇だねっ!」
○○が笑顔で言う。

関東制覇。
そして、全国三連覇。
今の俺には、遠過ぎる言葉だ。

邪気のない笑顔を振り撒く○○を見て、俺は思わず皮肉っぽく言った。
「フフ・・・・まあ俺はその時、手術の真っ最中だけどね」
それを聞き、○○は一瞬、泣きそうな顔をした。
しかし直ぐに思い出したように、笑顔の仮面を貼り付けた。

○○は昔から、その右に出る者はいないほどの泣き虫だった。
悲しい時、痛い時、感動した時。条件も場所も問わず泣いた。
様々なものを、自分の事のように捉えて泣ける繊細な美しい心を持つ少女。
俺にはそんな彼女が、綺麗なものに見えて仕方なかった。
中学生になっても、彼女は相変わらずの泣き虫だった。

しかし。
俺が倒れ、病院に運ばれた後。
○○が駆け付け、ベッドに寝た俺を見た時、てっきり彼女は泣くと思った。
だが、彼女は泣かなかった。
ベッドに仰向けに寝る俺を見て彼女は、一瞬傷付いたような顔をした後、無理やりに口角を上げた。
「生きててくれて、良かった」
○○は微笑みながら言い、決して泣かなかった。

それ以来、俺は彼女の綺麗な涙を見ていない。
他人の心の奥底を鏡で写したかのような、美しい涙。
泣けない人の代わりに流す、透き通った涙。
あんなにも泣き虫だった彼女が、泣かない。
なら、俺のこの流れない涙は、誰が流せば良いのだろう?


無理やりに作ったと分かるような下手な笑顔を浮かべながら、○○は言った。
「─精市。テニス部の皆はちゃんと、精市の帰りを待ってるよ。約束を守りながら、待ってるよ」

分かっている。
真田達は、必死に“常勝立海”を守ってくれている。
しかし。
俺が無事に病を克服したとして。
果たしてそこに、まだ俺の居場所は残っているんだろうか─。
次第に、俺がいない事が普通になって。
俺の居場所はなくなって。

「俺が頑張る理由は─何?」
「え?」
「俺がいなくても、“常勝立海”が崩れる訳じゃない。俺が頑張って、テニス部に戻る理由は何?」
純粋な疑問だった。
答えなんて、なんでも良かった。
すると○○はすっと目を細め、真っ直ぐに俺を見た。
「なんて言ってほしいの?」

予想外だった。
あの泣き虫な・・・・いや、泣き虫だった○○が、そんな事を言ったのだ。
俺は内心驚きながらも、作り慣れた笑顔を浮かべた。
「心配して欲しい・・・・って言ったら?」
次は、○○が驚いたようだった。
少し目を見開き、俺を見詰める。
「フフ・・・・こんな弱気、俺らしくないね」
俺は思わず、苦笑いを浮かべた。
何か言おうとする○○から目を逸らし、白い天井を軽く見上げる。

「俺、我が儘になったみたいだ」
「─わがまま?」
「相手がどんなに俺に優しくしてくれたとしても、元気にいられるその人が羨ましくて、少し妬ましい」
俺が笑いながら言うと、○○は、震える声で言った。
「良いんだよ、弱気でも、我が儘でも。今の精市には、その資格があるよ」
視線を天井から○○に向けると、泣き虫な彼女は、唇を噛みながら真っ直ぐに俺を見ていた。
今にも泣きそうな顔ではあるけど、涙は流していなかった。
ギリギリのところで、堪えているようだった。
「─○○、泣かなくなったね」
ずっと思っていた事を言うと、彼女は相変わらず下手な作り笑顔を貼り付けて言った。
「本来泣くべき筈の精市が自然に笑顔作れちゃう程傷付いてるのに・・・・私だけ泣けないよ」

言われて、どきりとした。
○○はこの笑顔が作りものだと、しかも、もう意図せずに作れる作りものだと気付いていたのか。
それどころか───
俺が笑えるのは、それだけ傷付いていたからだったのか。
自分でも分からなかった。
俺が笑う度に彼女は、自分は泣いてはいけないと・・・・
そう思い、不器用な、よっぽど感情の籠っていない俺の笑顔より綺麗な笑顔を浮かべていたのか。

──泣くのも笑うのも綺麗なんて、反則だ。

「─ねぇ。じゃあ、我が儘。言っても良い?」
笑顔を作って、泣き虫で、とても強い彼女に言った。

笑えているだろうか。
俺は、ちゃんと本物の笑顔を浮かべられているだろうか。
作りものではない、心からの笑顔を。

「─何?」
○○は、今にも泣き出しそうな、ぎこちない笑顔で聞いた。
「手。少しだけ、手を握っててくれないかな」
俺は、○○の方に手を伸ばした。
「・・・・精市は昔から、泣かないよね」
○○は俯いて、俺の手を眺めながら言った。

俺は、微笑む。
多分、倒れてから一番自然に、心の底から笑えた。

「○○が泣いてくれるから・・・・俺の分まで、泣いてくれるから」
微笑みながら言うと、○○は勢いよく顔を上げた。
彼女の顔は涙でくしゃくしゃで、お世辞にも綺麗とは言えなかったが──
それでも、その涙は綺麗に見えた。

「私は─ただ泣き虫なだけ。私に泣く権利なんてないのに・・・・っ」
必死に目元を擦って涙を拭いながら、ごめん、と小さく言う。
「─○○が泣いてくれるから、俺は泣く必要が無いんだ。でも・・・・」
俺はそう言いながら、自分の顔を覆う○○の手を取った。
「・・・・フフ、やっぱり、○○ばかりに泣かせるのは気が引けるかな」
彼女の目は、真っ赤に腫れていた。

俺は、笑う。
そして、泣く。
涙が頬を伝うのも気にせず、俺は笑いながら、彼女の手を握った。

「─君は笑ってて?それが一番の薬だから」


泣き虫な君が教えてくれたもの
(忘れかけていた)(笑顔と)(忘れていた)(涙)




明るい話とか書くの苦手です←
なぜか気付くといつもこんな話ばかり書いてる・・・



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