あっちこっち。 最低。ただそれだけの言葉と共に、思いっきり頬を叩かれた。所詮女の子の力だ、なんて油断することなかれ。なかなかどうして、カノジョ達は突如として怪力になるのである。昨日まで、ジャムのビンの蓋が開かないと甘えてきた可愛い姿はどこにもないのだ。 「一人、削除っと」 去るカノジョの背中を見つめながら、手帳に書かれたデートの予定から一人の女の子の名前を消す。僕は決して特定の誰かと付き合ったなんてつもりはないけど、カノジョ達は皆、そこのところを勘違いしている。だから、僕のいたるところに残る他のカノジョの痕跡にいちいち目くじらを立てて怒るのだ。 僕は女の子が好きだ。もちろん同性の友達もいる。しかし、それ以上に女の子が好きだ。なぜかって言うと、そもそも僕の父も祖父も無類の女好きであったからだ。血は争えないとはこのことである。 「おじさん、大丈夫ですか」 「お兄さんなら大丈夫だよ」 気がつけば、僕の顔を覗き込む少女がいた。甘いお菓子のような匂いがする。 「喧嘩したの?」 「あはは、振られちゃったよ」 少女は心配そうに首を傾げている。視線は僕の左頬に注がれている。着ている制服からして、おそらく近所の女子校の生徒だろう。まだ二十五歳だと思っていたが、彼女から見ればおじさんなのだろうか。あーあ、昔は女子校生もイけたのにな。 「はやく冷やさないと、腫れちゃいますよ」 「いや、このままにしとくよ」 「なんでですか?」 「君みたいな優しい子が心配してくれるから」 黒目がちの可愛い目を見つめてそっと囁く。結構こんなクサい台詞でも落ちる女の子もいるんだけど、目の前の子には通じないらしい。きょとんと首を傾げたまま僕の顔を見ている。 そしてくすくすと笑い出した。 「ふふ、変なおじさん!」 「おじさんじゃなくて、新田です」 笑われるとは予想外だ。思わず赤面なんてしながら、僕は小さくなった。そうして小さくなっている僕を目の前にして一頻り笑ったあとに、彼女はパンと手を叩いた。 「よし、私の家まで行きましょう」 「は?」 「手当てするんです」 さも当然のような顔で言った女の子は、にっこりと笑顔を浮かべた。 「うちは薬局なんです」 「はぁ・・・」 なんて唐突なんだ。そもそもビンタに手当なんて必要なのか。僕は突然の申し出にぼんやりとツッコミを入れる。いや、待てよ。これはチャンスかもしれない。手当してもらうついでに、もしかしたらお近づきになれるかも。それも結構親密なところまで。 「お願いするよ」 「はーい!じゃ、私の家こっちです!」 そう言って、彼女は何かを手帳に書いた。一人追加っと。 TOP |