▽浴衣の金魚


賑やかな灯りと、楽しそうに行き交う人々。りんご飴を売る威勢のいい声に負けじと、焼きそば屋台の男性が声を張り上げる。幼い子供が足元を縫うように駆け回り、木の影で中学生が爆竹を鳴らす。

「祭りなんて、ひっさびさだなー」

黒木は喧騒から離れた場所で、ショートカットの頭を乱雑に掻き乱しながら呟いた。夕方になれば少し涼しくなるかと思ったが、予想以上に蒸している。きっとあの中は更に暑い、と揺れる提灯の光を見つめながら溜息を吐いた。

「ミケ、来ねぇし・・・」

溜息にかぶせるように、ピロリンと携帯が鳴った。携帯を確認した黒木は、三宅がもう少しで待ち合わせ場所に到着するとの連絡に微笑みを浮かべた。人混みが苦手なうえに、特に目新しいものもない祭りには特に興味は湧かないが、三宅が来たいと言うのだから仕方がない。そわそわと黒木は足を踏み替えた。

「お待たせー!クロちゃん!」

どん、と背後から飛びつかれて、黒木はよろめいた。振り向くとセミロングの髪を結い上げた三宅が笑顔で見上げていた。遅刻したことに文句でも言ってやろうかと口を開くも、ふと三宅の格好に焦点が合い口を閉じた。

「それ、浴衣・・・」

ぽつりと声に出すと、三宅は嬉しそうにくるりと一回転して見せた。紺の生地に、真っ赤な金魚が映える綺麗な浴衣だった。

「親戚のお下がりなんだけど、可愛いでしょー?」
「ああ、超可愛い。すっげぇ似合ってる。」
「えっ・・・、や、あの・・・着物の柄の話だったんだけどなー」

黒木の素直な褒め言葉に目を丸くして、頬を染める。三宅は結った髪から零れた毛先を指に絡めながら、恥ずかしそうに微笑んだ。

「行こっか!」

三宅は黒木の腕を引くと、喧騒の中へ足を踏み入れた。










ーーーーー・・・いない。何処にもいない。
黒木はきょろきょろと辺りを見回した。自分の服の裾を握っていた筈の三宅はどこにも居らず、背後からは知らない人が押し寄せてくる。その流れに逆らうように進みながら三宅の姿を探した。
こんな事なら、手でも繋いでおくべきだった。小柄で可愛い三宅が変な男に狙われていたらどうしよう、と唇を噛んだ。
携帯の画面を何度も確認するも、連絡は入っていない。不安を膨らませながら人気のない木陰で足を止めた。目の前を行き交う人の中に三宅が居ないかと目を凝らす。その中で、携帯を片手に辺りを見回す少女が目に止まった。通行人は、道の真ん中で立ち尽くす少女を、迷惑そうな顔をして避けていく。少女の手の中にある携帯から揺れるストラップに見覚えがあった。黒木は駆け寄ると、少女の肩を叩いた。

「なぁ、その携帯、どうしたの?」「あっ・・・、あの、落ちていたんです」

急に声をかけられてびくりと方を揺らした少女は、黒木を見ると安堵したように表情を緩めた。

「踏まれそうだったんでつい拾っちゃいました」
「どこで?」
「あそこです」

少女はポニーテールを揺らしながら黒木に携帯を差し出した。

「友達のなんだ。ありがとうな!」

黒木は携帯を受け取ると、少女が指差した方へと駆け出した。







神社の入り口付近に行くと、黒木は立ち止まった。先程の少女はここの近くで携帯を拾ったと言っていた。名前を呼んでみるかと口を開いた瞬間に、誰かが飛びついて来た。

「クロちゃぁあん!!」
「うわっ・・・と、ミケ!」

一瞬ふらりと身体が傾くも、しっかりと三宅を受け止める。

「携帯落としちゃって・・・ッ、クロちゃんも見失っちゃうし・・・」
「いいよ、もう。無事で良かった」
「ごめんねー、クロちゃん・・・」

謝りながら、甘えるようにぐりぐりと黒木の胸に頭を押し付ける。黒木は三宅の髪型が崩れないように、そっと頭を撫でた。

「いいって、本当に」
「ありがとー・・・」

申し訳なさからか俯いたままの三宅の手に携帯を握らせて、顔を覗き込んだ。

「親切な子が拾ってくれた。よかったな」
「わっ・・・!もう見つからないと思ってたのに・・・!」

「手、繋ごうか」

漸く嬉しそうに笑った三宅の笑顔を見て、黒木も笑みを返した。すっと背中を伸ばすと自然に三宅の手を握る。三宅も笑顔で手を握り返した。

「クロちゃん、大好き!」


「なッ・・・・・・、あ、あっそ!!」

真っ赤になった顔に気づかれないよう、黒木は手を引いて歩き出した。

紺の生地に泳ぐ赤い金魚が、嬉しそうに跳ねた。



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