▽甘いポニーテール。


また聞こえる。
成績のことで職員室に呼び出されていた花宮は、音楽室の前でピタリと足を止めた。音楽室の中からはドラムの音だけが聞こえている。とても楽しそうに。
花宮はそうっと扉をあけた。中には一人の女子生徒のみだった。扉が空いたことには気づかずにただひたすらリズムを刻んでいる。そのキラキラした表情を見ているうちに、カンッと妙な音がした。それと同時に、スティックが彼女の手を離れて床を転がる。落ちたスティックを見つめて暫く脱力したように肩を下げていたが、ふうと溜息をついて椅子を引いた。ポニーテールを揺らしながら立ち上がった彼女は、スティックを拾い上げて労わるように撫でた。

「ごめんね、メーちゃん」

メーちゃんって誰だろう。
花宮は首を傾げた。花宮にとって、物に名前をつけるということは、子供が行う無意味な行為と変わらなかった。

「あれ、」

ポニーテールの女子生徒は、漸く扉から顔を出している花宮に気がついた。

「隣のクラスの花宮、さんでしたっけ?」

花宮は瞠目したまま、首を傾げて自分を見ている少女を見つめた。

「なんで私の名前を知ってるの」
「花宮さんは、結構な有名人ですよ。いろいろな話を聞きますから」

ポニーテールの女子生徒は言ってから、しまったとばかりに口を押さえた。そして申し訳なさそうに花宮の様子を伺っている。花宮はすました顔で首を振った。

「気にしないで。知ってるから」
「あ、その・・・」
「どうせ、お尻が軽いだとかだらしないだとか言われてるんでしょ」
「えっと・・・」

しどろもどろになっている様子に思わず笑みが零れる。花宮は扉を閉めると、早足に彼女へ近づいた。

「ねぇ、名前は」
「佐藤 蜜です」
「なんで一人なの」
「個人練習なので、みんなバラバラの部屋で練習してるんです」

丁寧に質問に答えながら、佐藤は再びドラム椅子に座る。花宮は、ふぅんと適当な相槌をうちながらその脇に立った。

「ねぇ、やってみせて」
「緊張します。それに先輩に見られたら、その・・・」
「ケチー」

申し訳なさそうに頼みを断る佐藤に、花宮は可愛らしい唇をつんととがらせた。そして、くるんと毛先の纏まったポニーテールを緩く引っ張る。

「んッ・・・!」

その瞬間、佐藤の身体がびくりと強張り鼻から抜けたような甘い吐息が漏れた。え、と声を上げて思わず手を離して佐藤を注視すると、見る間に佐藤の耳が赤くなっていく。

「吃驚しちゃったんです!変な声出してごめんなさい!」

震える声でそれだけ言うと、花宮を振り返らずにそのままドラムを叩き始めた。

「ねぇ」

花宮がつんつん、と佐藤の肩を指で突っつく。それでも佐藤は気づいてないふりで演奏を続けている。相変わらず耳は真っ赤だ。
ポニーテールを結わえているゴムは、黒くツヤツヤとしたサテンのような素材のシュシュだった。花宮はそのシュシュを指で摘まんだ。そのまま下へと優しく引っ張ると、なんの抵抗もなくするりと髪が解けた。

「あっ、やだ!!」

スティックが激しい音を立てて床に落ちる。佐藤は慌てて振り返ると、目に涙を浮かべて花宮を睨んだ。

「返してください!」
「下ろしてた方が可愛いよ」
「良いから、はやく返してください!」

花宮は、予想以上の反応に思わずたじろいだ。
ゴムを取られたくらいで、ここまで騒がなくても良いじゃないの。

目に浮かべた涙が今にも零れそうになっているのに気がつくと、多少困惑しながら花宮はシュシュを差し出した。

「ご、ごめんね」

椅子に座ったままそれを受け取ろうと手を伸ばした瞬間に、バランスを崩した佐藤の身体がグラリと傾いた。

「きゃっ・・・!」

花宮は咄嗟に手を差し伸べて彼女を抱きとめた。

「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」

シュシュを返してもらえたことで漸く落ち着いたらしい佐藤は、体勢を直すと素直にお礼を言った。露骨に安心したような表情を見せる佐藤に、花宮はつい手を伸ばしてその頭をわしゃわしゃと撫でた。

「なんか、ごめんね」
「ひあっ・・・、あ、その・・・」

途端に顔を赤らめて硬直する様子に、花宮は眉を顰める。何だがおかしい。
花宮は首を傾げたまま、佐藤をぎゅっと抱き締めた。そして、逃げられないようにするとそのまま後頭部に指を這わせる。佐藤は花宮を押しのけようと、力の入らないまま身をよじった。

「や、・・・あっ・・・」
「佐藤さんてさ、」
「ひン・・・、あ、あ・・・」
「もしかして」
「は・・・、んあ・・・!」
「ココが気持ちいいの?」

「ひッ・・・・・・〜〜〜!」

耳元で囁くと、一際大きくビクリと身体が跳ねた。花宮はそれを肯定と受け取り、そっと身体を離してやる。支えを失った佐藤の身体は力だ抜けたようにふにゃりと崩れた。スカートから覗く脚もほんのりとピンクに染まっている。瞳は蕩けたように潤みを帯びていて、どう見ても性的な興奮を得ていたようにしか見えない。
花宮はくすりと笑った。

「このこと、内緒にしててあげる。その代わり」

くい、と佐藤の顎を持ち上げて視線を合わせる。

「また遊ばせてね」

とろんとした表情の佐藤の頬に、ちゅっと軽く口付けると花宮は音楽室を後にした。







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