▽罵られても。


暗くなってきた空からはらはらと降る雪を、子供が目を細めて見上げている。寒さのせいか、それとも舞う雪の美しさに見惚れているせいか、頬がほんのりと紅い。公園のベンチに座っていた三宅は、それに倣って空を見上げた。
寒いなあ。
手袋を忘れたせいで随分と冷えた手をこすり合わせて、溜息をついた。親友の黒木と待ち合わせているはずだが、既に時間よりも15分ほど過ぎている。普段のマイペースな三宅にとってならば大した時間では無いが、今日のように冷える日ならば話は別である。それに、今日この公園に一人でいるには寂しい。この公園は毎年クリスマスの一週間程前になると豪華なイルミネーションが施される。前々から準備のされていたそれが、ついに今日点灯されようというのだ。この地区の子供やカップルがそれを見にやってくる。その中で、ぽつんと一人で座っているのは何とも心細いものだった。自分が座っていたためにカップルがこの場所を避けて行くのも、なんだか申し訳ない。三宅が座っている場所は薄暗く、子供なども寄り付きにくい。いかにもカップルが好みそうな場所である。何度も場所を変えようとした三宅だったが、今更ひょこひょこと移動するのも気まずいような気がしてタイミングを逃したままである。

さく、と雪を踏む音がした。
またカップルだろうか。
三宅は今度こそ場所を譲ろうと腰をあげる。そして、再び座り直した。足音の主は待ち人の黒木だった。紺色のコートを羽織った黒木は、申し訳なさそうに眉を下げていた。

「昼寝したら、うっかりこんな時間になってた・・・」

そう言って、ごめんと頭を下げる。三宅は、待たされた怒りよりもようやく会えたことの方が嬉しかった。それでも文句くらい言ってやろうと口を開きかけて、黒木が息を切らしていることに気がついた。
走って来たんだ。

「いいよ、そんなに待ってないし」

笑顔で言う三宅に、黒木は肩をすくめた。

「でも、鼻が真っ赤だぞ」
「え!?うそ!」

黒木の指摘に慌てて鼻を手で覆い隠す三宅。恥ずかしそうに俯いて、冷えた手で鼻を暖めようとしている。

「手、貸せよ」

黒木は一言だけ言うと、答えを待たずに強引に三宅の手をとった。そして、驚く三宅に構わずにそのまま自分の両手で三宅の小さな手を握った。ほんのりとした暖かさが三宅を包んだ。

「暖かい・・・」
「あたし、体温高いから」

思わず頬を緩めた三宅に、黒木が満足そうな顔をする。イルミネーションの点灯まで、あと三分ほどだった。

そのとき、再び雪を踏む足音が聞こえた。二人が顔をあげて音のした方向を見ると、そこには揃って髪を金色に染め上げた男女がいた。ベンチに先客がいたことに、露骨に残念そうな顔をしている。

「あっち行こう」

女の方が、男の袖を引いて言った。ガキが色気付いてんじゃねぇよ、と男が低い声で言い置いて踵を返す。どうやら二人のことを男女のカップルと勘違いしたらしい。それを聞いた女の方が慌てた様子で言った。

「馬鹿!どっちも女の子だよ!」

男だと勘違いされたらきっと傷つくだろう。そう配慮してか小声で男を諌める女に、男は驚いた声をあげた。

「でも手繋いでたぞ!レズかよ、気持ち悪いな」

その後も何やら小声で話す男女の声が聞こえていたが、そのうちに足音と一緒に遠ざかっていった。

三宅と黒木の間には気まずい沈黙が流れた。気持ち悪い、その一言に黒木は唇を噛んだ。

やっぱり、気持ち悪いのか。もしかしたら、ミケもそう思ってるのか。

黒木はおずおずと三宅の手を離した。そして、そのまま自分の手をコートのポケットの中へと仕舞い込む。

「ごめん、なんか勘違いされたみたいで」

それだけをポツリと言うと、黒木はベンチの背もたれに体重を預けて黙った。
三宅は困ったように首を振ると、イルミネーションを見つめる。何か言わなきゃ。必死に気の利いた言葉を探す三宅の耳に、わぁっと溜息混じりの歓声が聞こえた。

イルミネーションが点灯した。その明るさに連れられて、黒木も顔をあげる。三宅はその横顔を見て微笑んだ。

「クロちゃんがあんまり格好いいから、勘違いされちゃったねぇ。でも、別に私は嫌じゃないよー」

黒木は、自分を気遣う親友の姿に微笑んだ。そして少し気恥ずかしそうに首を竦める。

「あっそ」

ぶっきらぼうに返事な返事に、三宅がくすくすと笑った。そして黒木のポケットに自分の冷えた手を突っ込む。

「うわ、冷たいから入ってくんな!」
「クロちゃん、照れてるー」
「照れてねぇよ」
「可愛いー」
「言ってろ、馬鹿」

雪は止んでいた。空は深い色のまま、どっしりとしている。

もうすぐクリスマスだ。





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