▽好きなもの。


剥き出しになった白い太ももが、酷く寒そうに震えていた。私は、タイツを履けばいいのにと心の中で呟いた。
迂闊には目が離せなくなるような、とても綺麗な脚だった。制服のスカートから長くすらりと伸びて、ほっそりとしている。そんな脚が寒空の下で震えている。

「先輩、大丈夫ですか?」

思わず声をかける。偶然にも周りには誰もいない。静まり返った校門で、私と先輩は二人きりだった。もちろん、私はこの先輩の名前を知っている。二年C組、黒木悠先輩だ。私だけじゃない。この学校の誰もが、彼女の名前を知っている。女子校では、運動部のかっこいい人が持て囃される。この秋桜高校では、この黒木先輩がまさにそれなのだ。
先輩は校門の柵に寄りかかったまま私を見た。

「ん、何が?」
「あの、すごい寒そうだったので、つい・・・」
「あー、たしかに。すっげぇ寒い」

先輩は両手をこすり合わせると、少し困ったように笑った。まるで男のような乱暴な口調。この話し方も、実は女の子たちに人気だったりするようだ。私は自分のスカートの裾を軽く持ち上げて見せた。

「先輩もタイツ履いてみたらどうですか?意外と暖かいんですよ」
「ガラじゃねぇって」

私の提案に、苦笑して首を左右にふる。この高校の校則では、冬場はタイツを履くことを許可されている。私を含む大勢の生徒はタイツを着用している。雪が降るかどうかのこの時期には生脚で通う生徒は極少数である。

「似合いますよ。先輩足長いし」
「いやいや、本当に似合わねぇって」

心底困ったような顔をしている。突然見知らぬ後輩にこんなことを言われて、きっと迷惑しているのだろう。そんなこと全く察していないかのように、私は出来る限り幼く見えるようにぱちぱちと瞬きをした。

「そんなことないです。先輩、とっても可愛いですし」
「はぁっ・・・!?」

黒木先輩は驚いたように目を見開いた。きっとこの人は、可愛いなんて褒め言葉は言われ慣れてないのだろう。同性に、ましてや後輩に。かっこいいと持て囃されても、綺麗だと言い寄られても、自分よりも年下の女の子に可愛いと言われたことなんかないだろう。
そんな私の読みは当たっていたらしい。
驚いた。
黒木先輩の表情はただそれだけを物語っていた。

「可愛いですよ、先輩」

目を丸くする先輩が可愛くて、思わず歩み寄る。先輩は逃げこそしないものの、思いきり腰が引けていた。私の意図が掴めずに困惑しているらしい。

「えーっと、ありがとう」

歩み寄る私を止めるように、片腕がピンと伸ばされた。この手より近寄るな、という意味だろうか。

「なんですか、この腕は」
「いや、そっちこそ。なんで寄って来るんだよ」

落ち着かずに、そわそわとしている。まるで追い詰められた小動物のよう。私は人のこういうところが好きだった。普段は強気な人が、予想しない事態に驚き戸惑っている姿がとても愛おしく感じる。

私は伸ばされた腕を無視して先輩に近寄る。脚と脚が、胸と胸が触れるくらいまで。

「あのー、」
「花宮です」
「いや、そうじゃなくて。近いから」

柵がギシリと鳴った。自分よりも小柄な私を無理に押しのけるなんて、黒木先輩にはできないらしい。柵に体重を預けたまま、先輩は溜息をついた。そして次の瞬間、「ひっ」と声をあげて身を竦ませる。

「冷たかったですか?」

私の手は、先輩のスカートの中へ潜り込んでいた。太腿の内側をそっと撫でる。上目遣いに先輩の顔を見ると、隠しきれなくなった動揺が完全に顔に出ていた。声も出ないらしく口をパクパクさせている。心なしか顔が赤いようにも見える。

「ねぇ、先輩。よかったら私の家で・・・」

暖まりませんか。そう言いかけたときだった。後ろから酷く間の抜けた声が聞こえてきた。

「黒ちゃーん、これ見てよー!」

驚いた私が後ろを振り向くよりも、先輩の方が早かった。私の肩を掴むと、そのままぐいっと横に押しやる。

「ど、どうしたミケ!」

少しどもりながらも必死に何事もなかったかのように振る舞う黒木先輩。

「これね、ほら、部活の課題で描いたの!」

今来たばかりの小さな先輩は、スケッチブックをひろげて楽しそうに絵の説明を始めた。そして、ふと私の方に視線を向ける。

「あれ?黒ちゃんの友達?」

まるで、私が居たことに今しがた気付いたと言わんばかりの態度だった。これは見方によっては私に喧嘩を売っているような気もする。探るようにじっと見つめると、小柄な先輩はきょとんと首を傾げた。

「なぁに?」

いちいち癇に障る動作だった。わざとかは判断しかねるが、凄くあざとい。私の苦手なタイプだ。

「いえ別に。それじゃあ、さよなら先輩」
「ばいばーい」

黒木先輩を見て挨拶をしたのに、返事をしたのは小さな先輩だった。私に挨拶されたのが嬉しくてたまらないかのような笑顔で手をふっている。確信した。この人は天然で相手を誑かすタイプだ。

黒木先輩が何か言いたそうに唇を開いたけれど、私はそのまま背を向けて歩き出した。

次の偶然はいつにしよう。





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