▽全然可愛くない。


「ねえ、なんで髪型違うの」

真っ黒な髪を後ろで無造作に縛るのが普段の黒木のスタイルだ。それが、ぎりぎり耳が隠れる程度のショートになっている。髪を切る、なんて話は何も聞いてなかった三宅は眉間に皺を寄せて黒木の肩を掴んだ。

「なんとなく」
「あんなに綺麗に伸ばしてたのに」
「良いだろ、べつに」
「よくないよ!」


大きな目は三宅の不満をありありと映し出している。露骨な態度に気圧されて、黒木は気まずそうに視線をそらしながら、自分よりもずっと背の低い三宅の頭を横に軽くこずいた。

「うるせぇな。あたしの勝手だろ」

黒木の拗ねた子供のような口調に、三宅は肩の力を脱いて溜息をついた。こずかれた頭をわざとらしく撫でて、半分睨むようにしながら上目遣いに見つめる。

「そーだけど。でも、なんで言ってくれなかったのかなーって」
「急に思い立ったんだよ」


がやがやと騒がしい朝の教室で、教室に入ってきた教師が黒木の変化に気づいた。

「お、随分切ったな黒木!」

その一言でクラス全体が黒木に視線を向けた。大胆な変化に全員が驚いた声をあげる。一部からは黄色い歓声もあがった。その中の一人の女子が小走りで黒木にかけよる。

「すっごく似合ってる。かっこいいよ!」

世辞ではなく、実際に背の高い黒木にはさっぱりとしたショートがよく似合っていた。肉のついていない細い身体も影響して、線の細い少年のようにも見える。

「お、まじか。やった!」

「本当に、その辺の男なんかよりもずっとかっこいい!」

率直な褒め言葉に黒木が素直に喜び、笑顔を浮かべた。次いで女子が真顔で言った言葉に、教室中からくすくすと笑いがおこった。

「おい、失礼だぞ。イケメンならここにもいるだろうが!俺だってそこそこ・・・」

まだ年若い男の教師が不満顔で反論する。その最中にタイミング良く一限目を知らせるチャイムが鳴った。まだぶつぶつと言っている教師を尻目にそれぞれが席につく。話すタイミングを失った三宅は、すでに席についている黒木を横目で見ながら名残惜し気に席についた。


私も褒めた方が良かったのかな。
三宅は教師の話を聞き流しながら、もやもやと悩んでいた。決して似合わないと思ったのではない。むしろよく似合っている。だが、なんの前触れもなしにあんな大胆に髪を切ればやはり理由が気になる。そしてなにも言ってくれなかったことへの不満もある。しかし、やはり褒め言葉の一つくらい言うべきだったのだろうか。いや、タイミングを逃してしまったのだから仕方がない。そんなことを反芻しながら三宅は時間を過ごした。



授業が終わると、三宅は黒木の机にそろそろと近寄った。黒木は三宅が後ろにいることに気づかないまま教科書を整理している。

「あ、あのね」
「んー?」
「あのー・・・」
「なんだよ?」

似合っていると伝えたいのに。改めて褒めるのはなんだか恥ずかしくて、やっぱり会ってすぐに言えばよかったと後悔する。黒木は振り返らないまま、背中だけで返事をする。

「似合ってるよ、その髪型」


深呼吸してから後ろからそっと声をかける。手を止めて、漸く黒木が振り返った。苦笑いとも、はにかんでいるとも取れる複雑な笑みを浮かべている。

「なんだよ、あんなに不機嫌そうだったくせに」
「だってー・・・。」
「ありがとうな。一番嬉しいよ」

気まずそうに俯く三宅の頭をぽんぽんと撫でて黒木は言った。

「あ、ちょっと何イチャついてんの」
「ますますカップルみたいだねー」

その様子を見た周囲が野次を飛ばす。普段から常に一緒の二人ではあったが、黒木が髪を切ったせいか周囲には余計に男女のカップルのように見えた。

「うっさい、馬鹿。ほら、次体育だぞ。さっさと行けよ」

しっしっと手を振る黒木を見て、三宅は思わずくすくすと笑った。それをみて黒木も微笑む。

「髪、切った理由しりたいか?」
「教えてくれるの?」

目を輝かせた三宅の耳元に口を寄せて、黒木は囁いた。

「お前の彼氏みたいに見えるかな、と思って」


「な、な何それ!!」
「嘘だよ。おい顔真っ赤だぞ」
「嘘なの!?もう、意味わかんない!ばか!」


嘘じゃねぇよ。黒木は心の中で呟いて、赤面して動揺している三宅の手を引いた。そしてその小さな身体が思わずつんのめるような勢いで歩き出す。

「ほら、更衣室行くぞ」
「わっ、待ってよ!その前に本当の理由教えてー!」



end.




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