埋もれた下線

※「狼狽える視線」の続編





「おじゃましました。」
「気をつけて。」
 結局、あれ以降交わした言葉はそれくらいの物で、本好は黙っていてオレも必死でノートを写した。タルトタタンだかゲシュタルトだかが崩壊して文字が読めないから時間がかかり過ぎた気がするけど本好は黙ったままで勉強していた。勉強の仕方すら理解できていない様なオレには本好が何をしていたのかもよく分からない。辞書と教科書を捲っては何かをノートに書き込んで、カラーペンでアンダーラインを引いたり。果たしてそれにどんな意味があるのかオレは分からなかった。ノートの水色のラインを見ていても浮かぶのは本好の頬の赤さでシャーペンを握る指も本好の髪の感触ばかりを思い出していた。
 家に帰りつけば母ちゃんに遅かったね、と言われ勉強してたんだよ、と返したが信じて貰えなかった。勉強しろとうるさいくせに、信じてもらえないことからオレの普段の行いを身を以って知った。どうせ、勉強なんて自分から進んでするような子じゃありませんよ。…あいつは、昔から勉強ばかりしてたけど。
 晩飯は煮物と魚だった。本好も今ごろメシかな。ふと思ってから口の中が苦くなった。オレが変な事を言った所為でギクシャクしないだろうか。そもそもオレは本好にとって友達ですらないらしいけど、ギクシャクしたら美作に心配されそうでうんざりする。…いや、それよりも本好に避けられたりするのが怖いのかも知れない。今だって構われていないに等しいけど、それとは違って、嫌われてしまったら辛いなぁ…とぼんやり。
 きっかけを作ったのは自分だ。なぜか本好を見ていて、授業なんて聞いてなくて、それで本好は気付いてて、気まずくなった。気まずい?どうして?

 中学校レベルの授業についていけていないオレに自問自答の答えが出せるはずもない。漫画やドラマでは考え事をしていて眠れなかったなんてお決まりだがオレは逆にぐっすり眠れてしまった。昔そんな話をしたら本好に馬鹿は楽でいいね、なんて言われた。本好は悩み事があると眠れないタチらしい。
「本好、顔色悪いぞ。」
 太陽に女子の制服を透けさせるほどの力はない。登校してきて早々、教室で聞いた声は美作の本好を気遣うものだった。
「大丈夫、少し寝付きが悪かっただけだから。」
 美作には穏やかに微笑む。オレにはあんな顔を見せたりしないんだよな。長く一緒にいるけどオレは本好に嫌な顔ばかりされている。
「なにか考え事でもしてたのかよ。」
 自分の席に荷物を置いて隣の本好に声を掛けた。本好は一瞬びくりと肩を跳ねさせてから顔を背けた。
「安田には、関係ない。」
 いつもの冷たい声とは違う、少し弱い声だった。ふと昨日の本好のノートが蘇る。アンダーライン。今、引く時なんじゃね。




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