終焉に寄せて

※「置き去りの言葉たち」の続編
※完結
※未来捏造





 果して、オレにとって世界とは何だったのだろう。神がたった七日で作った世界に翻弄され、終焉に向かうまでの一部だったのか。無力な両腕を呪って死神になったのに死神は誰も救うことができなかった。愛されていたのに、それを疎んできた報いだった。死神は結局無力な人間だったんだ。神よ、神よ、こんな世界なら、早く終わらせて下さい。ファンファーレをどうか。どうか。

 三途川千歳、蛇頭鈍、伊賦夜経一の三名の通夜は三途川千歳が校長を務めた常伏中学校で行われた。喪主は三途川千歳と共に学校を支えてきた教頭が務めた。学校関係者や町内の人間がたくさん訪れ、しめやかに行われた通夜に卑川操の姿はない。後始末が手こずっているのだろうと藤は思った。藤はかつての同級生と顔を合わす事になったが互いに気が重く、大した会話もせずに会釈だけに留めた。懐かしい講堂に線香の香りが立ち込める。並んだ遺影を見ても藤にはイマイチ実感が湧かず、経の声が頭に充満した。
 藤は半ばで講堂を抜けた。講堂は藤が初めて派出須を見た場所だった。ひょろ長く、不気味な男の姿に全校が震撼した。その中で藤はあくびをしていて、まさかその男に好意を抱くとは思わなかった。
 懐かしい校舎は小さく思えた。同時に暗い校舎は寂しい。あれだけ長く感じた廊下は意外と短い。一階の西校舎の端、保健室だった。藤が在学していた頃から今も、派出須は長くここに養護教諭として勤めている。扉に手を掛けて開く。暗い部屋に月明かりが差し込んでいる。窓際に人影があった。藤は一歩踏み出した。かつ、靴音が響く。人影は静かに佇む。かつ、また一歩。人影は意思を持たない。かつ、かつ、更に進む。人影は小さく揺れている。月闇に浮かんで影は揺れている。静かに、静かに、静かに、静かに。
「逸人。」
 藤が呼んだ。影は振り返らない。
「なぁ、聞いて。」
 影は浮かんだまま、反応を示さない。
「聞こえてなくてもいいから、言わせて。」
 妙に月が明るい日だった。だから影が浮き立つ。必要以上に浮き立ってその姿が藤の目に焼き付く。
「オレはアンタを守れるほど強くないけど、アンタに守られるほど弱くない。」
 コントラスト。窓際の影。かつては惰眠を貪った部屋が今ではよそよそしい。
「でもアンタが馬鹿してるときは馬鹿って言ってやる。」
 影の横に、窓辺に藤は立つ。影は動かないで肌に月明かりだけを反射させている。
「だから、笑えよ。」
 藤は影を見ないように窓ガラスを見る。言葉を紡ぐだけで頭が割れて眼球が水没しそうだった。

 誰かの為に死のうだなんて馬鹿げたことは考えたことがない。それをしたらアレと同じになってしまう。誰かの為に死にたがってばかりの可哀相な子供。勘違いはしないで欲しい。誰もアレの為に死んだわけじゃない。驕らないで、思い違いだ。だから、怯えないで終える時まで。
 光が怖かった。光のない世界から光を知って、光がなくなることを恐れるのが怖かった。臆病な俺を、どうか笑ってください。死神に堕ちた俺を笑ってください。終えた時はきっと、愛せますように。




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