置き去りの言葉たち

※「暗闇の真実」の続編
※未来捏造
※今までと比べものにならないほど暗いです
※くらすぎて本当にダメです
※暗い






「先生、もう病魔はいない。」
 藤は中学生の頃から身長が高く、その後も成長期は続いたが派出須には結局及ばなかった。
「先生、だから、もう大丈夫だから。」
 派出須よりは小さな腕で派出須より逞しい身体で派出須を抱きしめた。姿のない病魔を探す派出須を力いっぱい抱きしめて、藤の声は震えていた。派出須は泣いている。病魔を呼びながら笑う口元に反して目からは涙が落ちた。感情が溢れて皮膚が蓋を閉じる。髪が黒く染まり冷血が引いていく。膨大な感情が派出須を浸蝕していく。
「病魔、病魔、病魔を咀嚼しなきゃ。病魔が、病魔を、病魔に、病魔が病魔が病魔が病魔が病魔が、先生、鈍、経一。病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔病魔がいるんだ病魔、病魔、病魔」
「先生、派出須先生、もういい。もういいんだ。」
 感情が方向を定めないで溢れる。派出須の膝ががくがくと震えて地面に落ちた。藤はその細く長い体躯を受け止める。
「俺は弱いから病魔が病魔が病魔が、誰も結局守れなかった病魔から病魔の病魔のせいで病魔」
「派出須!」
 悲痛な感情に任せた派出須の言葉を塞き止める様に藤が声を上げた。肩書きではなく、その名前を呼んで。自分を抱き留めるその逞しい男を藤を見上げた。藤は泣いていた。
「…いや、逸人。もう、いいんだ。いいんだよ。」
 藤の大きな瞳からぼたぼたと涙が落ちた。それを隠す様に派出須を抱きしめる力を強くして顔を埋めた。腕の中の派出須はか細い。身長ばかりでかくて、あれだけでかいと思っていた大人が今では腕に収まる。なのにその大人は馬鹿で、餓鬼で、誰よりも貪欲だ。藤の声に派出須は明らかに動揺して黙り込む。感情が統率され藤に対してだけ向かった。白の報復。派出須の髪の根本が白くなる。
「藤くん、どうして泣くの。」
 派出須にはわからなかった。どうして藤は泣いているのだろう。藤は中学の頃、簡単に泣くような生徒ではなかった。そうだ、生徒だった。なのに派出須は今、藤に抱きしめられてなんとか保っている。
「…アンタの、そういう所が嫌いなんだ。嫌いな所がありすぎるんだよ。アンタは馬鹿だから。嫌いだ。嫌いなんだ。…でも、愛してるんだよ。」
 溢れてくる言葉を留めて泣きながら声の荒れを抑えて努めて優しく、優しく、藤は言った。

 藤は今まで、「愛してる」と他人に言ったことがなかった。身体を重ねたどの女にもその言葉をねだられたが言わなかった。愛は与え与えられるものであり、口にしたからといって形になるものではないと、そう思っていたのだ。だがそれは違った。きっと今まで誰も愛していなかった。寂しい人間だった。藤はずっと、派出須が忘れられないでいた。唯一、叶わなかったのだ。唯一、拒絶されたのだ。派出須は藤を必要としなかったし藤を見ようとしなかった。ずっと忘れなかった。甘えるのが下手な子供みたいな教師を忘れられなかった。振ってくれてよかったと、思ったのに、忘れられなかった。媚びた笑顔の女とセックスしても忘れられなかった。
 愛は与え与えられるものだった。でも藤は初めて、自分が愛を与えているということをわかって欲しかった。どれだけ、派出須を愛しているのか、わからせたかった。現実を見ない自己犠牲と自己嫌悪でできた男をこんなにも愛している。心が細胞が愛しくてその為なら死んでもいい。そう思ったのだ。

「アンタが、オレに殺されたいなら殺してやる。けど、アンタを殺すくらいならオレが先に死ぬ。」
 果して、こんな言葉で派出須をつなぎ止めることができると藤は思っていない。伝える事は藤の自己満足だ。わかっている。藤は賢かったからわかっている。けれど言わずにはいられなかった。ずっと、思っていた。愛されているのに愛を知らない派出須にずっと、ずっと言いたいと思っていた。ずっと、わからせたかった。ずっと、思っていた。
「アンタを愛してるんだ。」
 わかって欲しいんだ。だから、もう、嘆かないで欲しい。もう、優しいフリはしないで欲しい。欲深く生きて、生きて生きて生きて、生きてほしい。
 藤の胸は裂けそうに痛んだ。なのに生きてどくどくと熱く血液が巡って耳までうるさい。派出須は抱きしめられたまま、動けずにいた。



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