ウェステリアットロウ

※「アスターノウ」の続編






 初めに告白したのは十四の時。二人きりの保健室で綺麗に剥かれた林檎を食べながらなんでもないように、先生が好きだ、と一言。すると派出須は不気味に笑ってありがとう、と言った伝わらなかったけど、まだ更に言葉を重ねる勇気がなかった。少しずつ、膨らむ気持ちを吐き出す様に何度か告白した。その内にありがとうしか言わない派出須に胸が痛くなって、欲望の丈を伝えたら、困った笑顔で思春期にはよくあることだよ、と養護教諭らしいことを言った。教育方針に飴十割を掲げているから、押せば思いが叶うと思っていた。けれど派出須はそれからも応えることはなく、思春期とか錯覚とかそういうことのせいにしてはぐらかした。実際、あの頃は先生に憧れていただけで恋ではなかった。ましてや愛ではなかった。けれどそれがわからない子供のオレは時に派出須をひどい大人だ、と思った。

「藤先生。わたし、藤先生が好きです。」
 まだ教員免許を取得していない実習生だからオレは先生じゃないだろう、と思ったけど先生と言う言葉が職業を示す言葉ではないことをぼんやりと思い出して間違ってもいないと思った。自らを先生と言うのは間違いであるが例え自分が実習生でなくとも先生と呼ばれればその生徒にとっては先生なのだろう。
「うん。ありがとう。」
 頬を赤くしたオレより頭二つ分程小さな女子生徒に笑顔で返す。ひどい大人だ。けれどこれがこの子にとって最良。本人にとっては違うだろうけど客観的に、オレの主観的には正当だった。女子生徒は照れ笑いをしてお辞儀をしてその場を去った。パタパタと廊下に足音がやけに響く。そうだ放課後。生徒の半数は帰宅し残りは部活動に勤しんでいる。オレが生徒だった頃、この時間帯の派出須は出張保健室とかなんだか行ってリヤカーを引いていた。今もそれは健在なのだろうか。明日の研修授業の為に集めていた資料を抱え直し職員室に足を向ければ色素の存在しない男がいた。まごうことない。派出須だった。さっきの女子生徒とのやりとりを聞かれたろうか、と頭を巡ったけど派出須は野暮なことは抜きに挨拶をして、大変そうだね、半分持つよ、とオレの腕から資料ファイルをいくつか取った。
「派出須先生、もう出張保健室やってないんですか。」
「ふふ、よく覚えてるね。」
 派出須は肯定も否定もせずに笑う。昔より切れそうな髪、崩れそうな肌。そういや、いつからだっけ、こいつが病魔を身体に棲まわせているのは。
 派出須はひょろひょろと背が高い。眉なしの顔は怖いし、死んでそうだから、死なないように見えた。どんな時も生きていたし強くあった。だから、オレは憧れたのかも知れない。ガキの目には悲しみを背負ったヒーローにしか見えてなかったのに。なんだよ、なんだよこれ。派出須は全然生きてないし強くないし今にも壊れそうじゃないか。こんなに脆い人間にオレは甘えてたのか。ガキのオレは憧れてたのか。まだ病魔飼ってるなんて冗談じゃない。あれから自分なりに病魔のことも少し調べた。罹人についてはまるで誰かが隠蔽したかのように情報を見つけることができなかったけどガキの頃よりはわかってるつもりだ。
「先生、今日良かったら飯でも食べに行きませんか。」
「構わないよ。大人になった藤くんと教育について語れるなんて夢みたいだよ。」
 今、釘を刺された。この大人は昔からそうだ。オレの行動を制限する術を知っている。情けない。言ってしまえばよかった。オレはこんなにでかくなったのにまだ弱いのか。派出須にはっきりと病魔を捨てろと言ったあの女は強い。まだ、敵わないのか。
 大人になったと思ったのにオレはまだ派出須を叱れるほど強くなく、全てを許せるほど大きくない。
 それなのに、ばかみたいにずっと派出須が好きだ。今でもずっと、好きだ。わがままを押し付けそうになる。先生が好きだ。
 笑うなよ。かさかさの心で、痛くなるから。泣きそうだ。何も変わってない。愚かさが増した。今にも砂になりそうな先生にオレはまだ焦がれていて、抱きしめたいと思ったいる。
 何を与えることもできないのにあんたが愛しい。



100912
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