隠し事ひとつ

※ベクトルの続編




 連日続く作業にサイコーは身を削っていた。休めよ、とは言えない。締め切りは迫って来ているし締め切りまで全力を出し切りたいというのがサイコーの考えだった。オレは大した手伝いも出来ずゴム掛けとベタを繰り返す。それでもサイコーの作業量には全く及ばないのでサイコーを見守るしか出来なかった。真剣な表情のサイコーに声を掛ける事も躊躇われぼんやりと頬杖をついたままその表情を眺める。瞳に映るのは白い紙とインク。サイコーはそれだけでオレの考えた世界を形にしていく。漫画は好きだったけどサイコーに会うまで漫画の本当の凄さは知らなかった。平面に壮大な世界を表現することがこれほどの作業になるとは思わなかった。普段見つめている世界が指一本でプリントアウトできてしまう時代に、白と黒だけで無限の奥行きを作り出す。サイコーは凄い。オレはサイコーの才能に惚れている。勿論それだけじゃないことは自覚済みだけど。情熱的な彼女のことを好きになれたら幸せなんだろうけどサイコーが世界を白に刻む度、黒で世界を創造する度、胸は熱くなる。二人で作り上げた世界を手にしたとき、側にいて欲しいのはサイコー。こいつただ一人。
 最近そんな思いに少しの変化が現れた。年頃、なんだなと自分を客観視して苦笑。性欲が凄い。週に一度するかしないかだったマスターベーションが頻度を増し、ネームを練る合間にもそういった事を考えてしまう。一層発散してしまえばどうにかなるだろうと思って携帯から見れる動画サイトや雑誌、AVも借りて見たけど得られるのはいらない知識ばかりで治まる様子はない。友人に相談すれば「彼女とヤっちゃえば?」と当たり前の回答をいただきましたありがとーございます。そんな衝動で見吉と性交に及ぶのはおかしいし第一オレが好きなのは
「シュージン。」
 少し高い少年の声に意識を戻せばサイコーがペン先を拭きながらオレを見ていた。
「コンビニ行かね?喉渇いたし、気分転換。」
 拭き終わったペンをデスクに置いてサイコーが立ち上がった。大きく伸びをして肩を回せば解れる音が聞こえた。
「あ、うん。行こーぜ。もうジャンプ出てるかな。」
「深夜2時だぜ?雑誌とかの搬入は4時って聞いた。」
「聞いたって安田?」
「あいつはサンデー派らしいけどな。」
 他愛ない会話をしながら財布と携帯をポケットに突っ込み先に玄関に向かったサイコーを追った。
 オレは馬鹿か。
「…シュージン、ありがとな。」
 マンションを出てサイコーが不意に言った。人気のない深夜に冷えて張り詰めた空気。妙にその声がはっきり耳に響いて恥ずかしい。
「何言ってんだよ、バカ。」
 暗い空の下、二人で並んで歩いた。馬鹿はオレだ。空と反したサイコーの白い肌に下らない欲望が走りそうになったけど飲み込む。オレはサイコーの側に居たいんだ。なら、この想いは隠して笑っていよう。お互いに何も持っていない手の甲が触れそうで触れない。歩きながらまた友達の会話をして笑った。サイコーの唇の柔らかさだとか肌の滑らかさだとかを頭の端で考えてしまう自分を罵った。サイコーの整った横顔を見てそれを乱してみたいと浮かんだ自分を嫌悪した。オレはサイコーと漫画家になるんだ。サイコーの漫画のストーリーを考えられるのはオレだけなんだ。言い聞かせて若い欲望を消そうと奮闘した。恋愛なら冷めてしまえば終わり。でも漫画家としてならいつまでお前の側に居ていいだろう?
 好きだから、隠しているから、側に居させてください。




090327
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