笑う少年
※藤→逸
オレはハデスが嫌いだ。 始めは都合のいい大人だった。逃げ場を与えてくれる大人だった。周りのやつらはハデスの見掛けの恐ろしさに恐怖していたけどオレにはどうでも良かった。本当にハデスが悪人でオレを殺すならそれで良かったけどハデスは人殺しじゃなかったからオレを殺さなかった。殺さないクセに弄んでいる。どちらも無意識に。最悪な大人。こんな奴にはなりたくない。ならばもう関わらなきゃいい。…残念ながら、叶わないけど。
「藤くん。」 「…はい。」 オレという危うい個性はきっとこの女には無意味。正体がわからない怪しさがあの最悪に似ている。けどこの女は最悪ではない。極めて優良で、健全だ。全く好きではないけど。 「少し待っていたよ。話す時間はあるかな。」 「…何の用だよ。」 作られた遭遇の意味を問いながらオレは眉を寄せる。なんとなくめんどくさい予感。こういう予感って大体当たるから嫌いだ。なんだこれ、オレって嫌いなもんありすぎじゃね? 「私の思い違いならいいんだが。」 前置き。 「…深入りするなよ。」 黒く深い森の様な睫毛から覗く瞳は浅く光を捉えていない。だのに真っ直ぐに鏡の様にオレを映し、放たれた音声が耳の中で揺れる。ちっとも笑わない。 「…なんの話だよ。」 ちっとも笑わないのに口角だけ少し上げて小さな女を映した瞳を細める。女は人形みたいに微笑んだままで黒服を纏っている。 「あれに情を掛けると君も不幸になる。」 あ、喪服。 「君はまだ戻れる。」 誰かしんだんだっけ。 「…そりゃどーも。」 笑ってやった。すると女は眉を寄せて泣いたこともないような顔で泣きそうな表情をした。オレは少し可笑しくて声を出した。女は口元に手袋をした手を持って行き、咳ばらいをする。オレはまた笑って、目がなくなった。 「三途川先生、大丈夫。オレは、きちんとハデスが嫌いだから。」 女は、そうか。と言った。泣いているのだと思った。
君が、アレを好きだと言うような単純な子供なら、どれだけ良かっただろう、と小さな大人は泣いたように笑った。
100724
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