不器用な大人

※あくまで逸→千
※あくまで藤→逸




 そう、確かあの日からだった。私や鈍くんが止めるのを聞かず、経一くんが泣くのも構わず、病魔を離さずその身を殺した。その日から逸人くんは僕と一人称を改めた。柔らかかった頬はなく、面長になった白い顔はひび割れている。身の丈ばかりが大きくなり表情は子供だと言うのに血の気がない。憐れだと、思う。けれど私の指は細くてそのひびをすり抜けてしまうのだ。私には掬えない。

「三途川先生、少し休みましょう。」
 朝から歩き続けていた私に逸人くんが喫茶店に入る事を進めた。休みに買物へ付き合えと軽い気持ちで誘えば簡単に白く長い男は着いてきて、両腕に女物のブランドの名が入った紙袋を抱えていた。もちろん中身も女物の洋服でまさか逸人くんが着るわけがない。私が買ったものを逸人くんはさっさと持って後ろに続くのだ。傍から見れば死神を従えた幼女と言ったところだろうか。不釣り合いにも程がある。
 逸人くんの指し示した喫茶店は車道を渡った向こう岸。赤い光に従って待ち、青が射せば白黒の道を歩く。喫茶店の木製の扉を逸人くんが引き開ければ店内から悲鳴が聞こえた。私が二名席に案内するよう店員に伝えれば逸人くんの姿に怯えたまま店員は奥の席に案内した。メニューを開き逸人くんが私に差し出す。私はプリンスオブウェールズ、と選択したメニューを読み上げ逸人くんは店員を呼び付けた。
「プリンスオブウェールズを彼女に。ミルクピッチャーは二つ下さい。僕はアメリカンを。」
 私がミルクをたっぷり入れて飲む紅茶が好きなことを逸人くんは知っている。スマートに注文する逸人くんにさえ店員はびくびくと怯えているから私は愛想を撒き、笑う。すると逸人くんも笑って更に不気味だった。
「君は物好きだなぁ。」
 初めて台詞として認識されるような台詞を吐いた私に逸人くんは子供のように目を丸くして首を傾げた。
「そうですか?三途川先生も変わってますよ。」
 当たり前だ。私が普通なわけがない。私が普通であっていいわけがない。
 テーブルに並べられたカップに逸人くんは何も言わず香立つ紅茶を注ぎ入れた。角砂糖は二つ。ミルクをたっぷり加えて私の前に差し出す。私はそれをありがとうと軽い礼だけであしらって紅茶を飲んだ。いつからだろう。逸人くんが私の世話を焼く様になったのは。
 日頃の学校生活の話や自宅でのこと、大した実りのない会話をして店を出た。するとすぐに逸人くんは私の左側に立って窺い立てた、次はどこへ行きましょう、と。その時に逸人くんの隣を自動車が抜けてようやく、いつも逸人くんが車道側を歩いていた事に気付く。
「百貨店まで、少し歩こうか。」
 あの子供がいつの間にか子供ではなくなっていたのか。生意気だな。私に向ける視線の意味を知っている。いくら大人のようでもやはり私には君は可愛い生徒なんだよ。
 私が許すのをいつまでも待っているばかみたいな子だ。こんな年増なんて見ないでそんな病魔なんて捨ててしまえば幸せになれるだろう。
 私を覆う影を隣に、逸人くんは笑う。つくづく不器用な子供だと思う。






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