死人に色無し





 一層、もがれてしにたい。

 カーテンが引かれて白いだけの空間に光が取り込まれた。聡く太陽の香ばしい匂いに反応しての覚醒。カーテンを引いた手は太陽に決して愛されていないだろう青い手だった。渇きも潤いも与えられず、人の枠から外れた哀れな男が派出須逸人だった。彼の領域であるこの保健室は生命溢れる地球上に存在するとは思えない。人の集まる学び舎でも人は寄り付かない。それは異常ではない正常。この命のない空間に寄り付く方がおかしい。
「おや、起こしてしまったかな。」
 ごめんね、と生まれてきたことを詫びる様に派出須は言って色を失った体を揺らした。
「雨が止んだからね、光を取り入れようと思って。」
 オレがこのシーツに身を沈めた時には空を濡らしていた雨は上がり窓についたがそれを物語っている。
「先生。」
 ベッドの上で身を返して呼べば派出須は少しだけ笑ってどうしたの、と言った。窓からの日が眩しく、腕を持ち上げ顔に影を作れば視界がクリアになる。
「オレのことを嫌いになってよ。」
 ちんちくりんのひらひら女が言った通りにオレはあの一件から保健室を訪れることが減った。あの日からこの暗い部屋から自然と足が遠退くのだ。オレはきっと、この命のない部屋で沈みたくて、人ではない派出須に殺されたかった。死神に消されてしまいたくて、ここを訪れた。ばかみたいに素直に誰かの幸せを願って自分だけ不幸であればいいと、本気で派出須は思っている。だから生きてないし、救われない。誰がどんなに派出須を思っても派出須は受け入れず、愛を捨てる。ひどい先生。
「…何かあったの、藤くん。」
 オレはしにたがりじゃないんだよ、先生。脳裏に浮かべただけで全部派出須に伝えた気になるおめでたいことをして、派出須が生徒をどう優しく殺そうかを考えている。アンタの飴は人をころすんだ。わかってない。だからオレは今まで、ここが好きだった、けどもう、違うんだ。
「僕は、何があっても藤くんを嫌ったりしないよ。」
 派出須が嫌ってくれなかったら、オレが来なくなったら、悲しむだろう。だから、嫌って欲しい。死神に嫌われて死んだ部屋に来る理由を失いたい。
「大丈夫だよ。藤くん。」
 気付け、アンタのそれは優しさじゃない。自分を殺害して生きる人間の優しさなんて、澱みでしかない。
 オレは派出須に愛を教えてやれるほど強くない。愛を与えて、他の誰かみたいに愛を捨てられてしまえば自分を呪ってしまうから、痛々しいアンタのことを見なくていい理由が欲しい。
 派出須の乾いた瞳にオレは映らない。ならば一層、首をもいで、殺してしまいたい。




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