狼狽える視線

※「気になる直線」の続編
※友達以下の関係です。









 本好の家について考えた事がある。飾り気こそないものの気品ある顔立ちとか、落ち着いた物腰とか、行儀だって良くて、勉強ができて、シャツも毎日白く清潔だったし、髪もツヤツヤと輝いていて、実は王族の血を引いてます、とか言われても冗談だと思わずに納得してしまいそうで、王族や貴族じゃなくてもきっと家は立派で、優しいお母さんと威厳あるお父さんとかがいて、毎日温かい食卓を囲んでいるんだろうとか、そういう。
「適当に座ってて。」
 本好の家は想像通りにというか、やっぱり大きかった。開かれた扉を潜って足を踏み入れて案内されたのはオレの部屋よりも一回り大きい本好の部屋だった。整理整頓がきちんとされていて、白い壁にはカレンダーが貼られているだけ。飲み物を入れてくると本好は言い残して部屋を後にした。適当に座れと言われても座れる場所は限られているわけでオレは無難な選択として部屋の真ん中に配置されている座卓に向かうよう座った。この家は薄暗い。日当りが悪いわけではないし、照明がついていないわけでもないし古い建物でもない。あの世の使者のような養護教諭の居るあの保健室に漂う湿っていて肌が冷えるようなものとはまた違う。あんな空間に通う美作や藤の気が知れないのだけど、ここは空気は乾いていて底冷えするような、温度のない家だった。一階のキッチンとこの部屋はきっと離れているのだろうけど本好が飲み物を用意する音が響く。それがこの家にオレと本好しか居ないことを示している。きっとこの暗い家には優しいお母さんも威厳あるお父さんもいないのだ。
「アイスティー、飲めるよね。」
 ストレートでは飲んだ事がなかったけど平気だと言う意味で頷いて見せた。盆に載せたアイスティーはテーブルの隅へ、本好は机の角を挟んでオレの隣に座り、ノートを広げた。オレも鞄を漁ってノートを取り出す。白いページを開いた。本好はテキストを片手にノートを確認しながら辞書を捲った。薄い瞼を伏せてノートに細く整った文字を綴る。本好の耳に掛かった黒髪はすぐに落ちた。辞書のページを捲りながら本好は黒髪をまた耳に掛ける。
「髪結わねーの。」
 本好の黒い瞳がすこしだけ大きくなって視線が合った。あ、今日初めて目が合った気がする。
「オレ、器用じゃないから。」
「じゃあ、結ってやろうか。」
 髪なんて結った事なかったけど、たぶんお菓子の袋を閉じるのと一緒だろう。本好は何も返さずに立ち上がって棚の上の小物入れから飴玉みたいな飾りのついたヘアゴムを取り出した。なんでそんなもの持ってるんだ、と聞けば前に女子に貰ったという返答があった。男子にこんなもの渡すってどういう感覚なんだよっておもったけどその相手が本好であればしっくりきて納得してしまい、興味なさげにへぇ、と相槌を打った。本好からヘアゴムを受け取って座った本好の背に回る。耳の前に足れて頬を隠す黒髪を漉く。見た目よりも軽い髪はさらさらしていて指に絡む。後ろにそれをゆっくり引いて左右の髪を束ねる。
「安田。」
 本好が珍しく呼んだオレの名前になんだ、と努めて素っ気なく返す。束ねた髪にヘアゴムを巻き付けていけば綺麗にまとまって本好の後ろ頭に小さな尻尾が生えた。
「なんでいつも見てるの。」
 いつも髪に隠れてしまっていた本好の耳が柔らかそうだ。細い髪は俯き加減の本好の首から落ちて白い項が晒されていた。
「見、てねぇよ。」
 いきなりの言葉に明らかに動揺して否定すれば本好の小さい背中が揺れて、か弱い声が嘘だ、とオレの胸を突いた。
「さっきも、授業中も、見てた。」
 否定しようがない、事実。だってオレは本好を見ていたからノートを写せなかったし、今だってオレのノートには一行足らずの文字が並んでるだけだ。
「…目が離せないんだよ。お前の髪とか、横顔とか、気づいたら見てて、ツヤツヤしてて綺麗な髪だし、ちょっと触りたいな、とか…今触ったけど、触ったら、やっぱりさらさらで、耳も柔らかそうだし、項も白いし。」
 写せなかったノートを写すだけなら、真面目そうなアシタバとか、誰でも良かったはずなんだ。でもオレは本好に声をかけて、授業中も、いつからこんな風になってしまったのか、本好しか見てなくて全然頭に入ってこないし、身体が熱いし、心臓はなんかドキドキ言ってるし。
「わかんねーよ!」
 オレは本好から離れてノートに向かった。うるさい心臓を押し込んで黙れと命令する。本好の字は同じ間隔でノートに並んでいた。それを捉えてノートに写すだけなのだ。けれどそれが上手く行かない。字の読み方も意味もわからないままノートにペンを走らせる。本好は黙ったままオレに背を向けて俯いていた。耳が、赤かった。


100216
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