ノティノック

※なにも明らかでないまま妄想。













 山久という男は不思議だ。始めは僕が漫画を投稿して、それを山久は好きだと言って担当の編集者になった。編集者としては駆け出しらしいが妙に落ち着いていて大袈裟にも聞こえる言葉には安心感がある。受賞の連絡を受けた電話に僕は大した言葉を返せず殆んど無言だったのにそれを山久は責めることもなかった。会って話したいと言われ怖くなり電話を切った。すると折り返し電話があって会うのが無理なら電話から始めようかと言われた。何回か電話しても喋ることが上手く出来ず、山久は電話は苦手かい、と聞いた。僕は肯定だけを返してまた黙った。山久はそう、とあっさり言って、じゃあチャットはできるかと聞いて、できる、ネットはよくやるからと言うのに手間取り僕がどもっている間に名刺にあるメールアドレスでアカウントを取ってるからログインしてくれ、と告げて社会人らしい言葉を掛けて電話を切った。僕はデスクの上にきちんと取っておいた山久の名刺を見て立ち上げたままのPCでログインした。
 チャットでは話が楽だった。山久は年が近く、面白い人間だった。漫画の話は勿論たくさんしたがアニメやゲームの話もした。打ち合わせが楽しいとさえ思った。そうだ、漫画、漫画をかこう。漫画をかくんだ。山久は僕なら連載できると言った。信じよう。漫画をかいて、山久の為になるなら、かいてみよう。悪い所は直して、ゲームと同じだ。レベルを上げて、進めばいい。
 でも結局僕は出来損ないだったから連載は出来なかった。山久が期待していたのに、胸が痛い。山久からの会議結果のメールに返信、GAMEOVER。もう全部終わりだ。僕は結局何もできないんだ。携帯は電源を切ってログインしたままだったチャットもログアウトしてブラインドも締めて部屋の灯りを落とした。人生はとっくに終わっているのにだらだらとゲームだけして生きている自分に気管が詰まった。こんなはずじゃなかったのに、僕はやっぱりダメなんだ。

「静河くん、ジャンプ編集部の山久だ。話がある。」
 泣き疲れて目が覚めたら少し粘度のある男の声が扉の向こうからした。
「出てこなくてもいいから、聞いてくれ。」
 元々出るつもりなんかなかったけど、ベッドの上で丸まって山久の声を聞いていた。
「連載を逃したのは残念だったけど、静河くんには才能がある。これは編集部全員が認めてる。だから、また僕と漫画をかかないか。」
 嘘だ。才能があるなら連載もできたし、こんなところに居ない。
「僕は、静河くんのかく漫画が見たい。」
 卑屈の塊の僕の胸が痛んで何故か泣きたくなった。膝を抱いて暗い部屋で唇を噛んだ。
「また明日も来るよ。聞いてくれてありがとう。」
 山久はそう言って帰った。少し気になってブラインドの隙間から外を覗けば足早に帰る茶髪の男が見えた。あれが山久なのだと、知った。背は高そうに見えないし見目も良くはない。実に平凡な男だった。明日も来るなんて、千代田区からここは少し遠いだろう。きっと来ない。来ても、すぐに僕に呆れて来なくなるだろう。
 だから、期待はしちゃいけない。








100202
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -