手暗がり

※「ダメだよ」の続編









 抱き締めたりしたのが原因で錯覚しているという甘い考えを肯定する要素はない。
 藤くんが保健室に毎日来る様になってお茶を飲みながら少しだけ話したりなんて、今まで二つの学校に勤務したけど生徒と仲良くなれると思いもしなかった。頼られて舞い上がったのもきっと、彼を特別認識していたのだろう。
 アシタバくんと美作くんも昼休みは保健室に来てくれるし鏑木さんだって毎日挨拶に来てくれる。だがどうだ。サボりは良くないことだけど藤くんが保健室に来る事が特別嬉しかった。藤くんの為にお茶を用意して藤くんの為にベッドを整えて藤くんの為に待っていた。
 だから原因が抱き締めたことにあるのではなく、抱き締めたことで気付かされたのだ。
 僕は教師にあるまじき感情を持っている。

「あれ、藤は保健室じゃなかったのかよ。」
 昼休みに弁当を持ってやってきた美作くんが言った。荷物はあったのにおかしいね、とアシタバくんが言って二人は長椅子に腰を下ろす。帰ると言った藤くんは本当にに帰ってしまったらしい。藤くんが帰ってしまった理由はきっと僕にあるのだけど何故かは解らず二人にお茶を出した。すると間もなくパタパタと足音が聞こえて扉が開く。鏑木さんだ。湯呑みを二つ出してお茶を入れる。直ぐに妹尾くんも来ることは読めていたからだ。鏑木さんが元気よく挨拶して笑う。妹尾くんがその後ろから入って来て挨拶する。生徒が四人も保健室に居て弁当を広げる。お茶はみんなに行き渡り、僕はデスクに戻る。何も食べる気が起こらず進んでいない会議資料を目の端に、元気ないんですか、と聞く鏑木さんに大丈夫だよ、と返す。賑やかな保健室。僕が欲しかったものだった。人が集まる場所。みんないい子だ。大切な生徒だ。美作くんが楽しい話をしてアシタバくんはそれを聞いて頷き妹尾くんが鏑木さんに話すように促す。四人はとても楽しそうだった。教師になって良かったと思う。
 ただ春の色はなかった。

 予鈴と共にみんなは教室に帰った。保健室にまた一人。積んだ医学書の表紙を見ればその上で重ねられた手を思い出す。手を重ねて少し見つめあって。思考が停止する。強烈な出来事過ぎて頭から吹っ飛んでた、とんでもない事。あの後、そうあの後。藤くんの顔がすごく近づいて動けないまま、わかってた。わかってのに動かなかった。唇が触れるかと思った。あの温かそうな唇が重なるかと思った。でも動けず。藤くんは僕にキスしようとしてた?何で、どうして、わからない。けどしなかったし、もししてたら僕はどうしていただろう。帰ると言う藤くんを引き止めるべきだっただろうか。藤くんは、どうしたのだろう。
 二十代も後半に差し掛かった僕は子供のころ思っていたよりもずっと未熟だ。昔は二十歳を過ぎれば、大学を卒業すれば、もっと大人になれると信じてた。

 次の日、藤くんは保健室に来なかった。








100104
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -