リリープレイ

※藤大学生話
※藤が病魔に憑かれそう。










 果たして、オレが狂ったのはいつだったか。血の気のない肌の男(しかも教師でオレは生徒)に平常ではない感情を抱き、何度この腕に乾いて折れてしまいそうな身体を抱き留めたいと思った。何度この指で雲を写し取り濡れたように眩い髪を撫でたいと思った。何度この唇で凍ったように色の悪い唇に触れたいと思った。中学生だったオレは保健室に通ってあいつから漂う音やグレイスケールやフレグランスを捉えてはそれを独占したいと思った。
 卒業して進学して、身長もぐいぐい伸びた。けれどあいつの居ない毎日を過ごす。会えないのに気持ちだけは膨れあがって毎夜布団の中であの黄金色の瞳を思い出すのだ。瞼に噛みついて眼球を舐めて抱いて抱いて抱いて抱いて、強く、声を耳で受け止めて舌を舐めて、呼びたい、あの名前を、グレイスケールの名前を、抱き締めて、強く。それだけで胸は熱くどくどくと血液循環の音がする。触れたい、撫でたい、抱き留めたい。 オレは狂っている。

「藤くん、久しぶり。」
 教育実習で訪れた中学は懐かしさも湧かない程に何一つ変わらない姿で存在した。まるでオレだけがタイムスリップしたみたいに違和感。保健室も全くそのままあって、保健室に佇む養護教諭も同じくだった。
「先生って年取らないんですか。」
 元々若くも見えないからか三途川先生と同じくか変わりない派出須に冗談混じりにそう返せば藤くんは大人っぽくなったね、と言われた。身長はまだわずか派出須に追い付かず中学の頃にもっとカルシウムを取るべきだったかと後悔した。
 何も変わらないはずの保健室のベッド、シーツは綺麗に整えられていて嘗てオレが漫画やお菓子を隠していた棚もすっきりと片付いていた。
「藤くんが教師を目指すなんて驚いたな。」
 久しぶりに目にする不気味顔が笑むのは戦慄。どうして瞳孔を開くんだ。それは派出須の癖だと知っているからそれさえ愛しく胸が詰まって、オレの異常さを再認識する。
「まだ教職に就くかは解らないですよ。親は家を継いで欲しいみたいですし。」
「…そっか、そうだね。」
 笑ったかと思えば派出須は悲しそうに影を落とす。この先どうなるかなんてわからない。サボり魔だったオレが一辺でも教師になろうと思ったのは間違いなく派出須の影響だ。それは恥ずかしいから言わないけど。
「…あんたと同じ学校で働けるならなってもいい。」
 なんて下らない!
 ぽつりと吐いた戯言に着馴れないスーツのネクタイを緩めため息を溢す。派出須は変わらなかった。肌も髪も色も匂いも瞳も、一番に美しい。どうあってもオレは派出須しかダメだし派出須だから好きになれた。それを確かにしてしまうのが怖いから、七年も考えた。何度考えても答えは同じだったけど。
「何か言った?」
 派出須はお茶の準備をしながら聞き返した。何も言ってません、と誤魔化して懐かしい長椅子に腰を下ろした。ああ、明日からは動きやすい服装だっけな。これからひと月、教育実習生としてオレはこの学校にまた通うのだ。






091228

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