瞬き変わらず

※「平静に動揺」の続編
※かなりの間。








 僕は生まれ以て楽観的だ。ぐちゃぐちゃと難しいことを考えるのは苦手で、例え自分が常識的に有り得ない場面に出会してもそう有るべくして出会したのだから仕方ないと思う。それは福田くんの事にしてもだ。編集者になって暫くになるが今までこんなに作家と頻繁に会う事があったか?福田くんは熱心で打ち合わせは必ず会わなければ嫌だと言う拘りの持ち主だった。そんなもの、新人作家なのだから僕が無理だと蹴ってFAXでもさせればいい話だし、それをしないのは僕も少なからず彼に会いたいと思って居たからだ。初めから本当はわかっていた。僕は福田真太という人間が好きなんだ。勿論それをどうこうしようとは思わない。福田くんは未来ある作家だ。編集者自らその彼を潰してしまうことなんてしたくない。

 と言うのがこれまでの考え。
 あれから数年。福田真太は連載作家になった。あれだけワガママを聞いて芽も葉も出なければとんだ大損だったけど、福田くんの連載作品は着実に人気を付けている。見込みは間違っていなかったようだ。出会った頃は高校卒業したばかりだった福田くんもあっという間に成人。未成年の間はキツく禁じておいた飲酒も解禁となって年末、福田くんの部屋で二人、缶ビールを飲んでいた。今年最後の原稿も締め切りに間に合い小休止。飲み始めたのが21時を回っていてだらだらと深夜の年末特番を見ていたからもうとっくに終電はない。何度も福田くんの家に泊まったことはあったけど二人で飲み明かすと言うのは初めてだなぁと既に酔いが回り始めた頭に浮かんだ。
「福田くんの前で飲むのも久しぶりだな。」
 あの一件は僕にとって酔った勢いでも福田くんには相当な衝撃だったらしく暫く打ち合わせもギクシャクした。反省して福田くんの前でアルコールを口にすることを避けていたのだ。ぽつり溢した僕の発言に福田くんは動きを止めてテレビにあった視線を遠くする。あの触れただけのキスは彼にとってトラウマなのかも知れない。いくら仲良くしているとは言え、僕らは男同士だ。福田くんは妙に潔癖な面があることを承知していたから仕方ない。
「…ずっと前、雄二郎さんが酔い潰れた時のこと覚えてます?」
 瞳にテレビ画面を映しながらもまるで内容を読み取っていない福田くんが言った。
「いや、あんまりはっきり覚えてないんだよな。」
 あんなことを無自覚ではなく半ば意識的にしたとすれば福田くんは気持ち悪いと思うのだろうか。濁す様に答えて愛想笑いを付け加える。
「…良かった。もし覚えられてたらなんて謝ろうかって思ってました。」
 謝るって、何を。福田くんに謝られる様な事は何もなかった筈だ。
「…何かあった?」
 もしかして酔った所為で何か僕が覚えていないことでもあるのだろうか。だとしても僕は福田くんにちょっかいを掛けたのだ。謝るのは僕じゃないか。
「なんでも。」
「なんだよ。」
「言いません。」
「言えよ。」
「言えません。」
「言えって。」
「…………怒りません?」
 福田くんが珍しく困った顔をして僕に視線を向けた。頷く。
「怒らない、から。なんだよ。」
 飲み掛けの缶ビールをデスクに置いて福田くんの椅子が軋む。気まずそうに顔を歪めながら福田くんが口を開く。
「………その…キス、しました。」
 予想外の答えだった。だってあれは僕がしたことであって福田くんは被害者だ。ビールの炭酸が上がって喉が熱い。
「たぶん、疲れてて…酔った雄二郎さんが可愛く見えて…、いや、そういう趣味じゃねぇからな!」
 ビール缶を僕もデスクに置いて隣の男を見ていた。テレビの光が顔に映る福田くんはいつもより目鼻立ちが際立って見える。まだビールは一本目なのにやはり僕は酒に弱く意識がぼんやりと滲む。
「…謝らなくていいよ。」
 頭がぐらぐらと人体は水でできていることを改めて認識しながら椅子のキャスターを鳴かせて福田くんと向き合う。
「僕が福田くんとキスしたかったから。」
 きっと僕の顔は赤い。福田くんの表情は驚きを含んでいた。目は丸く唇はへの字に閉じられている。
「福田くんは綺麗すぎるよ。」
 色めく光線に照らされる福田くんはその高い鼻も三白眼も絵画の一部だった。あの時と同じ言葉を心から言って顔を近づけた。息が掛かるほど傍で福田くんは、アンタの方が可愛いんだよ、と小さく言って互いに唇を重ねた。
 福田くんの手が頬に触れて冒頭の考えが蘇ったけど楽観的な僕は、なるようにしかならないと思って甘く唇を噛んだ。




091225
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