まずは一歩


「明日、デートしよう。」
 藤麓介は言った。二限目に保健室に来て三限目の半ばのことだった。保健室にはサボり魔の藤麓介と養護教諭の派出須逸人の他居なかった。つまり藤は派出須に対し言ったのである。
「藤くん、あのね。」
 藤の居るベッドスペースを仕切っていたカーテンを藤自ら勢いよく開き大人として教師として恐らく断りを入れようとした派出須の言葉を切らせた。
「朝9時に駅前。来なかったら、もう保健室に来てやんねぇからな。」
 藤はそのまま派出須の呼び止める声も聞かずに保健室を後にした。派出須は参っていた。藤は保健室の一番の利用者である。派出須が教師になって4年。今まで幾つかの学校で養護教諭を勤めたがどの学校でも生徒と打ち解けられずつまらないものだった。
 派出須は生徒の悩みを親身に聞いてやれる教師になりたかった。自身が中学生だったときに世話になった恩師のように、生徒と共に成長していける教師になりたかった。だが藤は派出須にどうにも教師と生徒といった関係ではなくより親密な関係を求めていた。
 先週、派出須は藤に好きだと言われたのだ。勿論、派出須は断った。自分は教師であり応えるわけにはいかないと。それでも引かない藤に同性であることを理由に諭そうとしたがそれはできなかった。養護教諭としてできなかった。同性の恋愛を派出須自身経験がなかったが、それは個人の自由である。今、自分が押さえ込むことが果たして藤の為になるだろうかと懸念したのだ。そして藤は年の割りに賢かったから派出須がとっさに思い付く返答では納得しないだろう。藤は派出須の気持ちを聞きたがった。子供に嘘を吐く大人にはなりたくなかった派出須は藤のことは生徒として大切だが恋愛対象として見たことはないと伝えた。派出須は胸が苦しかった。藤のことを考えた結果が一番在り来たりな返答になってしまった。一番良い選択をしたはずが苦しかった。藤の表情を見るのが怖かった。純粋なこの少年を傷つけてしまうのが怖かった。けれど藤はやはり賢く、派出須の返答はわかっていた。ならば自分を好きにさせて見せると藤は言った。
 中学生とは多感な時期である。体も心も子供から大人へと移り変わる、脆く繊細な時間なのだ。藤の派出須に対する気持ちはその時期特有の大人に対する憧れからくるものではないかと派出須は思っていた。ならばそれは何れ薄れ、卒業する頃には何事もなかったように教師と生徒として別れることになるのではないだろうか。
 藤はデートの誘いなんてしたことはなかっただろう。すれば言い出すにもきっと勇気がいっただろう。その藤の誘いを無下にする気にはどうしてもならなかった。
「保健室の利用者が減るのは困るな。」
 派出須は小さく笑った。





091116
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