君の唇

※「君の腕」の続編。







 いつか、福田くんの夢を聞いた事がある。少年を虜にする熱い漫画をかくことだと声を張り上げて言っていた。彼らしい夢に僕は心を動かされた。それともう一つ、彼は言った。
「雄二郎さんにオレのこと、先生って呼ばせますから。」
 熱い彼とは頻繁に口論になる。それは当て付けだったのかも知れないけど、僕はその夢の実現を心待ちにしている。

 眠りが覚めれば僕は福田くんの腕の中に収められていた。足は絡められ肩をがっちりホールドされて身動きが取れない。困って見上げた顔は幸せそうに寝入っていたから起こすのが申し訳なくなって大人しく福田くんが起きるのを待った。平日ならそうは言ってられないが今日は休みだ。いきなり僕が転がりこんだ所為で無理をさせてしまっただろうか。漫画家という仕事のハードさを知っているだけに自責の念が嵩む。
「君はお人好しすぎるよ。」
 ブリーチされた長い髪が通った鼻筋を引き立てる様に流れていた。この髪色は福田くんだから似合うのであって僕じゃ似合わないだろう。鼻筋を下り皮の薄い頬を辿れば浅く開いた唇があった。昨夜の福田くんの言動を思い出して耳が熱くなった。あの唇が髪に触れた。好きかどうかについては成り行き任せらしいけど、そんなことを聞く時点で結構な割合で好かれているのだろう。
 編集者と漫画家が恋愛をするとか聞いたことはあるけどあのムサイ職場にムサイ漫画家たちを見れば都市伝説だと思っていた。大体が大体、男相手にそんな気色悪いことがあってたまるか。…まぁ編集部は変わった所だからよくセクハラはされるんだけど。あれは遊びであって、それとは違う。
 福田くんはなんか、違うんだよな。信用があるっていうか。…いや、福田くんなら許せる?……今ちょっと寒気がした。けど、そういうことかも知れない。福田くんだから抱き締められていても嫌じゃなくて、昨日も好きだって言い切るんじゃないかって妙な期待をした。ああ、変な気になってきた。抱き締められて落ち着くって、どうやら本物らしい。

「こういう時におはようのちゅーで起こされたりしたらホレちゃうんですけどね。」
 目の前の顔がにんまりとなんともいやらしい笑みを見せて言った。
「起きて顔見てっからしてくれんのかと思ったらなんか固まってるし、やっぱ雄二郎さんは雄二郎さんッスね。」
「どういう意味だっ!」
 コイツ、狸寝入りだったのか。起きてるなら起きてるって言えばいいのになんてタチが悪いんだ。
「…してみません?」
「は?」
「ちゅう。」
 勢い良く起き上がったらそこに迫っていた天井に思い切り頭をぶつけた。ロフトベッドだということを忘れてた。福田くんはゲラゲラ笑って頭を抱える僕の背中をポンポンと叩いた。
「雄二郎さん寝惚けてたんスか?」
「っ…お前が変なこと言うからだろ!」
 変わってしまうかとさえ思った福田くんとの距離は変わらなかった。安心した。
「したらわかるかなって思って。」
 けど間もなく変わってしまうかも知れない。…福田くんなら、悪くはならないだろうと思うのは信用があるからか、それとも。
「キスしていいですか。」






091112
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -