君冴える
※「君の熱」の続編。
今朝は雄二郎の携帯の目覚ましで起きた。昨日の残りの冷飯とインスタントの味噌汁を二人で食べた。連載を始めてから朝メシらしい朝メシを食ってなかった事に気付いたけどなんてことない。味噌汁を啜る雄二郎はまだ寝ぼけ眼で、オレの貸したTシャツにボクサーパンツを纏っていて生白い足を晒していた。脛毛が申し訳程度に生えていて、なんとも情けない姿だった。昨晩はあんなに冷たかったのに寝起きの雄二郎は暖かかった。爪先もきちんと血の通った色で安心して味噌汁を飲み干す。出社する雄二郎を見送り食器を洗った。東京に行くと言った時に地元の友達が揶揄い半分にくれた夫婦茶碗が役立つとは思ってなかった。 オレの唯一のアシスタントである安岡は前のバイト先が一緒だった。あいつも朝勤を終えてからここに来るから昼過ぎになる。食器を片付けて部屋に戻れば雄二郎の置いていったドラムバッグが目に入った。雄二郎は同僚にも友達にも頼れない状況でうちに転がり込んできた。それをまさか安岡に知られる訳にも行かないだろう。見掛けより軽いドラムバッグを押し入れに詰め込んでから原稿に取り掛かった。
安岡はオレが昼飯にカップ麺を食べている時にやってきた。鍵は開けたままだったから元気な挨拶と共に騒がしい見掛けの男は部屋に上がった。 「この時間に昼飯って珍しいッスね。」 そういえば、早朝バイトをやめてから朝昼兼用だったから大体は早くに済ませていたな、と思った。安岡には朝早く起きたことだけ伝えればへぇと興味なさげな返答があってその話題はそこで終わった。 オレは指定のできた原稿を安岡に渡した。麺を全部食べきればスープは少しだけ飲んで捨てた。カップ麺のスープの底に溜まるざらつきがどうにも苦手だった。時間に余裕があるわけじゃない。すぐにデスクに向かってペンを取った。
「センセー、女でも出来たんスか?」 トイレから戻った安岡が言った。 「は?連載抱えて忙しいのにそんな暇ねぇよ。」 「…そうですよね。トイレの便座が下がりぱなしだったしなんか歯ブラシが増えてたし茶碗が2つ…」 「あぁ!なんだお前、鋭いな!そーなんだ、そーなんだよ!ちょっとな、ワケアリでさ!」 安岡の観察眼を舐めてた。そりゃ漫画家を目指す人間だからな、そのくらい見てねーとダメなんだけどこればっかりはバレちゃ困る。雄二郎の事情がどうこうより、オレが男を匿ってるなんざとんでもない噂になりかねない。つーか雄二郎、歯ブラシとか置いていったのかよ。座って用足す派かよ。 「マジッスか!くーっ!やっぱ先生はスゴいっス!連載してようと夜も充実してるなんて…!」 「お、おう。それくらい普通だっての。」 夜は明るいと眠れないという情けない独身男の冷えた足を暖めながら眠りましたとは死んでもバレたくない。 「で、どんな女なんスか?」 「え。」 「勿体ぶらないでくださいよ!先生の事だから美人なんでしょ?」 「…まぁ。」 あれはあれで綺麗な顔立ちだと思う。 「ウエストとかこうキュってなっててスゲー細いんでしょうね!」 確かに細いっつーか筋肉がないっつーか。 「色白とかで小さい感じでしょ!」 確かに生白かったし身長は大きくないな。 「やっぱ巨乳っスか!」 「いや…。」 「微乳ッスね!わかります!」 オレの女(仮)を想像してテンションを上げる安岡を尻目に雄二郎のことを考えていた。見た目の要素だけを挙げれば雄二郎は理想かも知れない。そんな下らない考えが掠めた時に昨日の点たちが繋がった気がして背筋が冷えた。 仕事そっちのけで騒ぐ安岡を叱りつけて仕事を再開した。早く時間が経って早く安岡が帰って早く雄二郎に帰って来て欲しいと。それだけ考えていた。
携帯が鳴いたのは安岡が帰ってから暫く、午後9時のことだった。
091112
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