君の傷

※「君怯えて」の続編






 雄二郎が風呂に入ってる間にロフトベッドのシーツを整えた。男の一人暮らしに洗い換えなど存在せず、とりあえずはそのまま。シワを伸ばして抜け毛を払い枕には気持ちばかりにタオルを巻いた。雄二郎は所詮サラリーマン。朝には出勤しなくてはならないから眠らない訳にはいかないだろう。ならオレはまだ終わってないペン入れを徹夜でして明日アシスタントが来るまで眠ればいい。
 ベッドから降りて冷めきったコーヒーの入ったカップを視界に移せば淹れ直そうかと思い至ったがワンルームに無理矢理設置されたキッチンは狭い廊下を挟んでのバスルームの向かいだった。湯を沸かしてる間に廊下で裸のアラサー男とばったり出会すのは嬉しくない状況だったのでやめた。
 椅子に腰を下ろし下書きを再開しようにも集中できそうにない。無意味に携帯を開いても新着メールもなく面白くない。
 ぴりりと電子音が響いた。一、自分の携帯に着信かと思って飛び上がる。二、こんな音じゃなかった。やはり待ち受け画面は時計を表示したままで、雄二郎の携帯だろうと判断するのは遅くなかった。すぐに電子音は切れたからメールだろうと思って冷えたコーヒーを一口飲んだ。再び電子音。冷たいしなんだか味が変わってる気がする。また電子音。いつ淹れたコーヒーだっけ。続いての電子音。立ち上がり雄二郎の鞄からはみ出していたストラップを引っ張って携帯電話を取り出す。サブディスプレイには着信の文字。すぐ音が切れる。再び着信。めんどくせぇな。仕方なくストラップを引っ張ったまま携帯を下げて扉に手を掛けた。
「雄二郎さん、なんか電話いっぱい掛かってきてますけど…、……。」
 扉を開けば風呂上がりで湯気が昇る全裸の雄二郎が居た。モジャモジャは水気を含んで萎んでいた。こうなるとなんとなくわかってたのに扉を開けた自分を責めた。男の裸なんか見たって楽しくない。これが可愛い女の子だったら大歓迎なハプニングなのにな。目の前に居るのは標準的な肉付きの標準的な身長の男。
「福田く…!」
 雄二郎が声を上げて着信が続く携帯を慌てて取り上げた。
「ご、ごめん。ありがとう。……中身、見てない?」
「三十路独身男の携帯に興味あるように見えますか?」
「三十路じゃないよ!まだ27だ!」
 年下にからかわれる大人もどうだかと思いながらひらひら手を振って部屋に戻った。そもそも、誰かが家に転がりこんで来るって状況も女の子だったら大歓迎だって言うのになんで雄二郎なんだチクショウ。心が荒んだ。
 職業的性質なのかも知れないが、自分の経験を反芻する癖がある。今だってさっきの雄二郎の裸を無意識に繰り返していた。
 あの真新しい痣はなんだ? 背中に2つと膝と肘。
 椅子に腰を下ろしてコーヒーの入ったカップを持つ。あの着信にしたって携帯を取ったときの雄二郎だって、尋常ではないだろう。ぽたぽたと紙にインクが染みるように点が浮かぶ。繋がってしまい答えが見えそうだ。雄二郎はオレに事情なんて知られたくないだろう。なのに思考が先走る自分に嫌気が差した。コーヒーを一気に飲み干す。
「お湯、ありがとう。」
 首からタオルを掛け、オレの貸したシャツにボクサーパンツの雄二郎はやっぱりまだモジャモジャのボリュームがなかった。
「ドライヤー使います?」
 油の回ったコーヒーは不味かった。





091107
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