例えるなら

 保健室を訪れれば不気味な男が迎える。この男が赴任してひと月になるが未だ人が寄り付かない。それはオレにとって都合がいい。成長期かダルいだけか、止まない睡眠欲を満たす為に保健室のベッドを借りる。静かな保健室は自宅の布団よりも心地好い眠りを与える。自宅だって別に騒がしいワケじゃねーけど、どうにもここは落ち着く。
「藤くん、お茶煎れようか?」
 ベッドスペースに向かうオレを呼び止めた男は幸薄そうな白い顔だった。その言葉に肯いて長椅子に腰を下ろした。男は笑ってすぐ煎れるね、と言って給湯ポットから急須へ湯を注いだ。男は髪も白く、肌は奇妙に艶めいていて人間じゃないみたいだ。そう、例えば…
「死神みたいだってね。近所の子供にからかわれちゃってね。」
 白く長い指が片手に湯呑みを二つ持って長椅子の前のテーブルに置いた。男は子供って元気だよねぇ、だとか言いながら急須を軽く揺すってから湯気の上がる茶を湯呑みに注ぐ。二つに交互に注いで濃さを均等にし、一つをオレに差し出す。オレはそれを受け取って湯気を吹いてから一口啜った。
「…藤くんは、僕が怖くないかい。」
 ひんやりとした涼しい声だった。顔を上げれば不安混じりの笑顔を見せる男がいた。
「アンタは…。」
 湯呑みを両手で包む様に持って視線を水面に向ける。茶柱は沈んでいる。指先は湯呑みで暖められるのに心臓だけが冷えたみたいに硬く痛む。言葉の先が口の先で渦を巻いてなかなかと吐き出されない。
「アンタは、綺麗だよ。」
 唇から離れた言葉は自分の耳に嫌らしく残る。目の前の男は目を丸くして唇を一文字に引いていた。その黄金色の瞳と視線がぶつかれば冷えていた筈の心臓が急に熱くなって再び沈んでいる茶柱に視線を向けた。
 そう、そうだ。初めてこの男を目の前にした時も不思議と恐怖はなかった。不気味な風貌は認めるがどうして周りがあんなに避けるのかがわからなかった。自然と、そう思っていたのに。口に出すことがこんなに憚られることだったのか?
 そんなこと初めて言われたな、と照れ笑いを見せるこの男、派出須逸人をますます綺麗だ、なんて思ってしまったのはきっと眠いからだ。きっと、そうだ。

 そう、例えばアンタは。





091013
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